第12話 皇帝陛下に呼び出されました

「あ~、疲れた」

 俺は盛大に溜め息を吐きながら肩を回す。

「フォーにとってはあのくらいの運動はなんでもないだろうに」

「わかってて言ってんだろ。精神的な疲れだよ。さすがに皇族に絡まれてお気楽でいられるか」

「別に殿下から模擬戦をもちかけてきたんだから少しくらい痛い目にあわせても良かったんじゃない?」

 勝手なことを言いやがって。

 というか、わざわざ俺に『やりすぎるな』とか釘を刺してたの誰だよ。


 俺が横目で睨むと、リスはクフフと含みのある笑い声を上げてそっぽ向いている。

 殿下とその愉快な仲間たちとの模擬戦の後、俺は誰とも剣術訓練をすることなく授業が終わった。

 より正確に言うと誰も俺の相手をしてくれなかったのよ。

 軍務科の上級生、それも実力上位の先輩たち9人を相手に軽くあしらったせいで、同学年はおろか4年生も目が合うと逸らされて近づくと逃げられる始末。

 5年生はというと、さすがに逃げたりはされなかったが下級生の指導を名目に拒否されてしまった。

 リスの方は4年生の軍務科相手にかなり良い勝負をしていたようで、令嬢たちからの黄色い声援を一身に受けていた。

 畜生! 羨ましくなんか、ある!


 とにかく、合同訓練は不完全燃焼で終わり、俺のフラストレーションは蓄積する一方だ。

 精神鍛錬はできたような気もするが、当然嬉しくない。

 そんで、こうしてリス相手に愚痴りながら帰路についているわけだ。

 学院から寮までの距離はそれなりにある。

 これは学院が無駄にでかいからということもあるが、学院に通う生徒は全員が寮に住んでいるので単純にそれだけの面積が必要なのだ。

 それでも高位貴族の寮は学院側なので近い方だ。平民用の寮なんて一番外れだからな。


「それで、次の標的は決まったのかい?」

「標的って、言い方!」

 人聞きが悪すぎる。

 それじゃまるで俺が女の子をとっかえひっかえしてるクソ男みたいじゃないか。

「でもフラれたばかりなのに次の女の子を探してるのは事実じゃないか」

「そうだけども! これでも一応落ち込んでるんだぞ。アドミース嬢に求婚したのだって本気だったんだからな」

 学院を卒業してからの長い人生を共にする相手になってほしいんだぞ。

 軽い気持ちで婚姻なんか申し込めるわけがない。

 少なくとも俺はスリエミスさんのことをすごく良いなと思ったし、これから先もっと彼女のことを知って好きになりたいと思ってたんだ。


 けどまぁ、知っての通り、見事にフラれてしまったわけで。

 だからといっていつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。

 卒業するまでに結婚相手が見つからなければ、その後は2年間軍務が強制されているので相手捜しは絶望的だ。令嬢は軍役免除されているから騎士団と兵団は男ばっかだし。

 辛くても過去の傷は忘れて次の相手を見つけなきゃ、レスタール辺境伯領に帰ったら無理矢理お嫁さんを宛がわれてしまう。

 というわけで、友人たちから情報収集して、婚約者のいない下位貴族の令嬢を探している。


「はぁ~、仕方ないね。休暇に入る前、風の月の後半にフォルス公爵家主催の晩餐会があるんだけど、来るかい? 寄子の貴族だけでなく付き合いのある貴族家とその寄子も出席する予定だよ。家族を連れてね」

「っ?! 良いのか?」

 風の月の後半ならあとひと月もない。

 基本的に長期休みの時以外は学院生が実家や帝都のタウンハウスに帰るのは認められていないが、例外的に高位貴族が主催するパーティーや晩餐会、茶会に親族と一緒に参加するのは認められている。

 

 俺なんかが高位貴族の開くパーティーに呼ばれることはまずないし、辺境伯令息の立場上、迂闊に高位貴族と交流するわけにもいかない。だからこれまでそういった催しに出席する機会はほとんどなかった。

 ただ、リスの実家、フォルス公爵家なら大きな問題にならない。

 フォルス公爵は厳格な人物で知られていて、帝国官位は第一階位、帝国宰相も務める重鎮でさらにはどの派閥にも属していない。

 

 当然お近づきになりたい貴族なんぞ下位貴族はもちろん高位貴族にも掃いて捨てるほどいる。

 ということは相当な数の貴族家が晩餐会に出席するはず。

 面子もあるからかなり大きな規模で行われるだろうからな。

 辺境伯家という立場であまり近づきすぎるのは問題になるかもしれないが、晩餐会に出席するくらいなら大丈夫だろう。


「お見合い目的で来る令嬢もそれなりに居るだろうから、フォーが出席するなら伝えておくけど」

「行きます。参加します。出席します。お願いします。連れてってください!」

「……必死すぎ」

 仕方ないだろ?

 学院じゃクラスや学年が違うと令嬢に会うにも一苦労なんだ。

 結婚相手を探すにはまず相手と親しくならなきゃスタートラインにも立てない。

 何しろ我が愛しのレスタール辺境伯家は悪名高い魔境を領地とする蛮族と噂される家。

 他の貴族のように普通に縁談を申し込んでも、適当な言い訳を並べられて断られてしまうのがオチだ。


 いくら貴族が血筋と家柄を重視してできるだけ高位の貴族と繋がりを持とうと日夜鎬を削っていると言っても、みすみす自分の娘を不幸にしようとは思わない。

 そもそも肝心の娘に嫌われてしまったら縁を繋いだところで自家に恩恵をもたらすことなどできないはずだからな。

 逆に、当人である令嬢と仲良くなれればワンチャンあるってことだ。

 …………まぁ、それでも20連敗してるんだけどな。


「とにかく頼む。公爵閣下には迷惑掛けないように気をつけるから」

「わかったってば。って、フォーの寮の前に皇室の馬車がいるよ」

 半ばうんざりと返していたリスが、急に真面目な顔になって前方を注視した。

 俺もつられてそっちを見る。

 リスの言葉どおり、俺の部屋がある寮の前に黒い箱馬車が停まっている。その磨き上げられた馬車の側面と後部には皇帝陛下の紋章である『ドラゴンと獅子』が描かれていた。

 もちろんこの紋章を使えるのは皇帝陛下本人とその使者だけで、皇子は『獅子と剣』の紋章を使う。


 箱馬車の停まっている寮は俺だけじゃなく、伯爵家以上の令息が暮らしている建物だ。

 だからきっと他の生徒に用があるのだろうと期待して、そのまま通り過ぎようとしたのだが、その願いも虚しく俺が寮の門に近づくと箱馬車から初老の男性が降りてきて、俺の前に立ち塞がった。

「フォーディルト・アル・レスタール辺境伯令息。ライフゼン・フォル・レント・アグリス皇帝陛下の御意である」

 

 夕日を背に朗々と声を張り上げる皇帝の使者。

 俺とリスはすぐにその場に膝を突いて頭を下げた。

「フォーディルト・アル・レスタール、御意を賜ります」

 礼法にのっとり言葉を返すと、使者が頷いたのが気配でわかった。

 名指しされたのが俺なのでレスはただ跪いただけだ。


明日みょうにち、3の刻、皇宮に参内せよ。同行者は連れず、ひとりでだ」

「承知いたしました。明日3の刻、皇宮に罷り越します」

 返事をして最後にさらに深く頭を下げると使者の男はその手にある伝達内容が書かれた書状を差し出してきたので恭しく、見えるように受け取ると、踵を返して馬車に乗り込む。そしてすぐに馬車が動き出した。

 俺とリスは馬車が見えなくなるくらいまで頭を上げずに待ってから、ようやく立ち上がった。


「皇帝陛下からの呼び出しかぁ。やっぱり今日の合同訓練のこと、だよな?」

「そうだろうね」

 俺が心底嫌そうな顔を向けると、レスは溜め息交じりに肩をすくめた。



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今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。

そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。

数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。

本当に嬉しく、執筆の励みになっております。

なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。


それではまた明日の更新までお待ちください。

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