第11話 上級生に無双してみる?
結局、モルジフ殿下の説得? に失敗した俺は、遠巻きにするばかりで頼りにならない同級生たちや、普段偉そうなくせに生徒を守ろうともしない教師たちが遠巻きにするなか移動して、演習場のど真ん中にやって来た。
殿下は上級生5人を引き連れて、俺の近くにいてくれるのはリスただひとりだ。
さらには殿下たちが来るのを待っていたように上級生4人が加わる。
お~ぉ、規定どおり10対1の集団戦を俺としようってことだな。
まぁ、俺は入学して2年半、軍務科の教練では一度も負けてないから、確実に叩くために揃えたってことだろう。
ここまでされるといい加減腹も立ってくる。
散々我慢したし、怪我をしても責任とらない、後から難癖も付けないって言質はとったから、もう良いかな?
「はぁ、やり過ぎないようにね」
「大丈夫だって、ちゃんと手加減するから」
俺がそう返したのにリスはまったく信用していないとばかりに額に手を当てて首を振る。
……さすがに失礼じゃね?
「それではカリキュラムどおり、多対一の対人模擬戦を始める。もし怖いなら手加減しても良いが」
「そうですか」
「もっとも、その場合はこれまでの無礼を皆の前で詫びてもらわねばならんがな」
「謹んでご辞退申し上げます」
「……後悔するなよ」
言葉遣いに気をつけながら固辞したのだが、何故か顔を赤くして怒って行ってしまった。
どうにも投げられる言葉が皇子様らしくないのだが、教育係は仕事してほしい。
殿下と先輩たちは全員が木剣をすでに持っている。防具は革製の兜と胴鎧、手甲、脚甲なんかの簡素ながらちゃんと大怪我をしないしっかりとした物を身につけている。
俺も教練用に貸し出している木剣を取りに行く。
貸し出しの受付をしてくれた教師が俺を気の毒そうな目で見てくるが、だったら殿下を止めてくれと声を大にして言いたい。
木剣は標準的な長剣と同じサイズ。柄を入れた全長は1リード(約80cm)ちょっと。もちろん木製なので刃はついていないのだが、それでもまともに当たれば騎士でも骨折くらいはしかねないし、モロに頭を殴られれば死ぬことだってある。
どうやら上級生たちも似たような形状の木剣だが俺の借りた物よりも少し長い特注品のようだ。
ちなみに俺は防具は借りない。
……サイズが無いからな。
「お待たせしました。それじゃ、始めましょうか」
木剣を肩に乗せながら殿下たちのところに戻り、そう言うと、殿下を中心に扇状に先輩たちが移動する。
ちなみに殿下は扇の要の位置。つまり上級生たちの後ろ側だ。
そりゃいきなり大将が前には出てこないわな。
俺が構えを取らないまま突っ立っていると、先輩たちは包囲するように広がって逃げ道を塞いでいく。
「どうした、下級生。魔人卿などという大層な二つ名が泣くぞ」
いや、俺はその二つ名に泣きそうなんですけど。
口には出さず心の中だけでそうツッコむ。口にしたらさらに煽ってきそうだし。
けど、まぁ、相手の準備も整ったみたいだし、そろそろ動くか。
俺は肩に乗せていた木剣の柄を握ったまま下に降ろす。
すると、俺の気配が変わったのを察したのか、先輩たちが剣先をこちらに向けてわずかに下がる。
さすがは軍務科で高評価されてると言うだけあるか。なかなかの反応だ。
っていっても、俺としては単にいつでも振れるように握った木剣に意識を通しただけ。
なので、自然体のまま徐々戦気を向けていく。
「ぬっ!」
「ひ、怯むな!」
別に威圧してるというほどでもなく、ちょっとばかし”いくぞ、いいか”って気持ちを向けただけだが、それでも結構なプレッシャーを感じているのか、前側で木剣を構える3人の先輩が気圧されたように下がりながら声を上げる。
中途半端に実力があるだけに、こちらの隙が見つけられず攻めることができない。
実戦を経験しているといっても実際に訓練された兵士相手ではなく、身を持ち崩した野盗を相手に戦ったという程度なのだろう。
もっと経験を積めば隙のない相手でも強引に動かしたりして隙を作ることもできるのだろうけど、さすがに学生の身分だとそこまで求めるのは酷というものだ。
ただそれは帝都とか帝国中央に近い領地の場合だけどな。
他国と近い辺境ともなれば盗賊や敵国の送り込んだ小部隊と遭遇したり討伐することも少なくない。
辺境伯と公爵以外の領地は一定以上の兵力は持てなくて、治安維持以外は国軍が対応することになっているんだが、いざ野盗や他国の部隊が領内を荒らしているのに悠長に国軍が派遣されるのを待っているわけにはいかない。
だから基本的に辺境領地の兵士は少数で対処できるように練度が高い。辺境伯領も敵対国家と接しているから小競り合いは常にあるので同じだ。もちろんうちの領もだ。
生まれてからずっとそんな環境で育った俺から見たら、学院で高評価って程度は新兵と大差ない。
だからだろう。俺が一歩前に出るとその圧力に押されて先輩たちは同じだけ下がってしまう。
後ろで殿下ががなり立てているが、本人たちも無意識なのでどうしようもない。
とはいえ、このまま睨み合っててもしょうがない。
殿下とのファーストコンタクトみたいにひたすら避けまくって体力切れを狙うのもやってやれないことはないだろうけど、学院で5年近くも鍛錬した先輩たち相手じゃ時間が掛かりそうだし、いい加減殿下に絡まれるのも面倒くさい。
「ってわけで、さっさと終わらせますよっと!」
「な?! ぐぁっ!」
手始めに一番近くに居たひときわ大柄な男の腹に木剣を叩きつける。
技も魔術もない、ただ力任せに振るわれただけの一撃だが、まともに反応することもできずに数リード吹っ飛んでいく。
「き、貴様! 3年のくせに」
歳は関係ないよね。
一人倒されたっていうのに棒立ちのままだった隣の奴の胸を柄頭で突くと、そっちはその場で崩れ落ちる。革鎧はしなるので真っ直ぐ突かれたりすればそれなりにダメージが入るんだよ。
「くっ、慌てるな、囲んで同時に攻撃するんだ!」
先輩たちの向こう側でモルジフ殿下の指示が飛ぶ。
うん、その内容は正しい。けど、実行できなきゃ意味がないんだよなぁ。
包囲していた先輩たちのうち二人が脱落して、その穴を埋めようと他の男たちが動いたときには俺はもう包囲の外側に走り抜けている。
そのまま殿下に向かう素振りを見せれば当然後を追うように向かってくるので、足を止めてクルリと半回転。
囲むどころか、軍務科の先輩たちは全員俺の前方にいるというわけだ。
「よっと!」
「ぶぇ?!」
手前にいた奴を勢い付けて蹴り飛ばす。
ダメージよりも吹き飛ばすことを重視した力の入れ方だ。
飛ばされた男が別の奴を巻き込んですっ転ぶ。
そこをすかさず革鎧に覆われていない腋に木剣を突き入れる。
手加減はしているので大怪我はしないが無茶苦茶痛いので戦線復帰は無理だろう。
「くそっ! 死ねぇ! な?!」
人に向かって死ねとか言っちゃいけません。
それと、打ちおろしを止められたくらいで驚いてどうする。
転がったふたりにトドメをさして動きが止まった隙をついたつもりの一撃をあっさりと木剣で受け止め、上に弾いてそのまま首筋を打つ。
「そ、そんな馬鹿な。お前たち何をやっている!」
殿下が声を張り上げて先輩たちを叱咤しているが、その間にも俺は次々にひとりずつ確実に一撃で沈めていく。
気がつくと立っているのは俺と殿下のふたりだけ。
描写すらされずに倒れてしまった5人は実に気の毒だ。
「さて、勝負はついたと考えてもよろしいでしょう?」
このまま一気にモルジフ殿下を下して完全勝利! でも良いんだけど、さすがにそれはなぁ。
なので、これ以上は必要ないという意味を込めてそう言ってみたんだが、殿下は今にも憤死しそうなくらい怒りで顔を真っ赤にして睨んでくる。
仕掛けてきたのはあっちなのに、俺にどうしろと?
「ま、まだ勝負はついておらぬ!」
この期に及んでモルジフ殿下はそう気炎を吐き、木剣を俺に向ける。
……マジでぶん殴ってやろうか、この馬鹿皇子。
「…………はぁ~……では、降参します!」
俺は大きく溜め息を吐いてから、遠巻きにこちらを見ていた教師に向かって手を上げながらそう宣言した。
審判くらい近くでやれよと思うが、もう文句を言うのも疲れた。
「なんだと?!」
「私は、というか、レスタール家は皇帝陛下の臣。必要も無いのに皇族の方々に剣を向けることはできません。殿下の武はあくまで鍛錬のためのもの、皇族方に剣を抜かせることの無いように努めるのが我等爵位を与る貴族の役目です。どうかご理解いただけますよう」
俺がそう言って膝を地に付けると、モルジフ殿下は悔しそうに唇を噛みしめた。が、やがて構えていた木剣を降ろして踵を返す。
俺への対抗心と恨みで目を曇らせてるっぽい殿下だが、基本的には有能だ。って聞いた。
だから、実力を見せつけた上で膝を折った俺に対してこれ以上衆人環視の中で突っかかるのは得策じゃないということは理解してくれたのだろう。
そもそも俺は別に殿下と敵対しようとか逆らおうとか思ってないしな。
「何とか終わったかな?」
「どうだろうね。なかなかに執念深い御仁のようだから」
だからそういう嫌な予言はしないでくれって。
「それより、5年生9人相手に完勝したってほうが今は重要じゃないかな? ほら、軍務科の教師なんてすごい目でフォーを睨んでるよ」
リスの言葉に、教師たちの居る方に目を向けた俺は即座に後悔する。見なきゃ良かった。
なんか、まるで親の敵を見るような目なんですけど?
ってか、今回俺は何も悪くなくない?
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というわけで、本日はここまで。
次回は明日、16時に投稿します
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