第10話 手加減は難しい
「今日は個対多数の鍛錬だそうだからな。是非とも勇名で鳴らす貴公の教えを請いたいと思ってな。もちろん受けてくれるだろう?」
この国の第2皇子様であるモルジフ殿下が思いっきり睨みながら言ってくる。
もうね、教えを請うって態度じゃないわけよ。
チラリと殿下の後ろに突っ立っている取り巻き|(失礼)を見ると、一応5年生を表す色の校章を付けているんだけど、どう見ても歳を誤魔化してるんじゃないかと言いたくなるほどガタイの大きい、屈強そうな男が5人。
「5年生は1年生の指導にあたるはずでは?」
「私が直々に指導しては1年生が萎縮してしまうということなのでな。淋しいことに指導係からは外されてしまったのだ。それならばいっそ学生の身でありながら卓越した武人と評価される魔人卿に指導を仰ごうと思ったのだ。構わぬだろう?」
面倒事を避けたいのでやんわりと指摘したんだが、ちっとも引いてくれる気がないみたいだ。
褒め言葉を使ってる体で挑発してるし、どうあっても解放するつもりがないという態度があからさますぎて引くわ。
とはいえ、そう簡単に受けるわけにもいかない。
「申し訳ありません。
かなり遠回しに辞退したいと言ってみる。
「全然遠回しじゃないね。挑発し返してどうするんだか」
リスが心底呆れたと言わんばかりに俺を横目で睨む。
……そんなつもりはなかったんだけど?
思わず額に汗が滲む感触を覚えながらチラリと殿下とその後ろに目をやると、モルジフ殿下は目意外は笑顔を崩していないが、上級生の5人は怒りまくって赤くなった顔で今にも飛びかかってきそうだ。
「ふふふ、貴公を失望させるつもりはないぞ。この5人は軍務科の5年生の中でも腕が立つことで知られていて、すでに騎士団のスカウトも受けているほどだ」
「それなりに強いという話だけは聞いているが、我々を見くびってもらっては困る。軍務科で鍛練を重ね、小規模ながら実戦も経験しているからな」
皇族であるモルジフ殿下の言葉を遮るようにズイッと身を乗り出して言ってくる軍務科の先輩男。不敬とか言われないのか?
といってもなぁ、いい加減しつこいのでなんとかしたいんだが。
内心の苛つきを抑え、考える素振りを見せてから大仰に溜め息を吐いてみせる。
「わかりました。ただ、怪我をしても責任はとれませんし、後から立場を持ち出して難癖つけないと約束してもらえるなら」
俺がそう言うと、周囲の温度が一気に下がったような気がした。なんでだ?
ふと周囲を見回すと巻き込まれるのを避けるためか、近くに居たはずの生徒たちは20リード(約16m)くらい離れた場所に避難していて、俺たちの周りはポッカリと空間ができてしまっている。
ついでにいつの間にかボーデッツの奴まで居なくなってた。友達甲斐のないことだ。
「その無自覚に煽る癖は直した方が良いと思うよ」
一方で皇子様に絡まれている俺を見捨てることなく一緒にいてくれるリスは、処置無しとばかりに肩をすくめて溜め息を吐いている。
別に煽っているつもりはないんだけどなぁ。
言われた方はそうは思ってくれていないのか、殿下の機嫌が一層悪くなっているのが見ているだけでわかる。
「……心配はいらん。あくまで学院の授業だから、たとえ誰が怪我をしたとしても文句は言わないし言わせない。それで良いのだろう?」
言外に、俺が怪我をしても苦情は聞かないと匂わせてるようだ。
本当に嫌われてるな、俺。
皇帝の嫡子、皇位継承順位第3位というやんごとなき身分のモルジフ殿下に、どうしてこれほど俺が嫌われてるかだが、2年以上前に遡る。
といってもそれほど複雑な事情というわけではなく、12歳でこの帝国高等学院に入学した時点で俺はそこそこの武勲があった。
辺境伯家という特殊な立場のせいでうちの領地は荒事が少なくないが、3年半ほど前にレスタール領と接する隣国、帝国の同盟国(実態としては属国あつかいではあるが)のプリケスク王国が別の国の侵攻を受けた際、俺を含めた辺境伯軍が救援に赴き、ちょっとばかし手柄を立てたわけだ。まぁ、ガキでしかない俺が何で従軍してたかとかの理由はまた別の機会に説明するが。
んで、名前だけは帝都で知られるようになっていた俺に、皇子でありながら剣の腕前に自信があったらしいモルジフ殿下が手合わせを要求してきた。
多分、武勲のある俺を圧倒して、皇子という立場を抜き名を上げたいとでも思ったのだろう。
俺としては帝都に来て早々に皇子様に絡まれ断ることもできなかったわけで、なにが何やらわからないうちに殿下と試合をするはめになった。
その結果は、俺の勝ち。
手加減するなとは言われていたが、それでも仕える皇帝陛下のお子様だ。
なんとか怪我をさせないように慎重に立ち回って、最終的に殿下がスタミナ切れでへばって終了。
頑張ったのよ、俺。
ただ、見ていた連中からすると、必死の形相で振りまくるモルジフ殿下の剣は俺に一度も擦りすらせず、その上試合中幾度も俺の動きに着いてこられずに転倒し、さらには最後まで俺が剣を振ることなく殿下が体力切れでぶっ倒れてゲロまで吐いたわけで。
言い訳のしようがないくらい適当にあしらわれた殿下の面目は丸つぶれと相成った。
今にして思えば、当時の殿下の腕前はせいぜい新兵よりも少し強い程度。
もちろんまだ学生の、それも14歳という年齢を考えれば十分に強いし、それなりの努力は積んでいたのだろう。優秀な剣術指導だっていたはずだ。
とはいえ、相手は広大な国土の頂点に君臨する皇帝陛下の嫡男。
跡取りではないにしても実戦で剣を振るうことなんてまずないだろうし、下手に機嫌を損ねでもしたらどんな目に遭うかわからない。
なので、上手くおだてつつ、成長を実感できるように丁寧に指導してたのだろうが、それでは自分の実力の本当のところはわかるわけがない。
結果として腕を過信した殿下が、魔境と呼ばれるほど殺伐とした領地で生まれ育った俺に喧嘩をふっかけて見事な負けっぷりを披露してしまった。
頑張って手加減した挙げ句、恨まれることになった俺に誰か同情してほしい。
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