第9話 皇子様には嫌われています

「ん~~っ!」

 軍務科との合同授業を受けるために廊下を歩きながら思いっきり身体を伸ばす。

 安息日明けから5日目なのでいい加減座学に嫌気がさしてくるタイミングなのだが、ようやく身体を動かすことができる。

 そんな俺を友人であるリスランテ、リスが呆れたような目で見ながらこれ見よがしに溜め息を吐いた。


「座学が苦手ってわけでもないのに、そんなに疲れるものなのかい?」

「わかってるくせに毎回聞くなよ。座学はなんとか必死に頑張った結果で、身体を動かしてる方が性にあってるんだよ。脳筋一族だからなうちは」

 俺が所属する貴族科で座学の成績は上位を何とかキープしているものの、そこまで優秀というわけではない。のだけど、うちの家族からはレスタール家始まって以来の神童などと言われている。

 魔境と呼ばれる帝国北西部の森林山岳地帯の狩猟民族の一部族、その部族長に過ぎなかったご先祖様が、レスタールなんてご大層な家名を与えられてから100余年が経過しているが、当然歴代の当主や子女もこの学園に在籍していた。

 

 まぁ、揃いも揃って座学の成績は散々で、並外れた身体能力を駆使した実技の成績と、一応真面目に頑張ったというお情けで卒業してきた連中ばかりだったらしいので、俺が過剰にもてはやされているのも仕方がないのかもしれない。

 もっとも、そのせいでまだ学生の身でありながら、行政府に提出しなきゃならない報告書やら税務やら軍務やらの様々な書類仕事を押しつけられているわけだが。


「けど、今日は全学年合同の剣術訓練だけど大丈夫なのかい?」

 リスがどこか面白そうに訊ねてくるが、思い通りの反応を見せるのも癪なのでなんでもないと肩をすくめてみせる。

「人数が多いんだから殿下もそうそう絡んでこないと思うぞ。まぁ、そうでなくても俺はそんなに気にしないしな」

 口ではそう言うものの、内心は別だったりする。

 実際、結構面倒に思っているのだが、多分リスにはバレバレだろう。


「そうだと良いけど、随分と嫌われてるようだからね。しつこい性格だし、放ってはおかれないんじゃないかな」

 嫌なこと言いやがる。

 リスの予言は当たるからそういうことは言わないでほしい。

 そんなことを考えながら建物を出て、演習場に目を向ける。

 すでに貴族科と軍務科の生徒はほとんど集まっているようで、200人近い生徒がそこに居るのだが集団戦闘の訓練もできるくらいの広さがあるので狭くは感じない。


 最初に言ったように、今回の授業は俺たちの所属している貴族科と騎士や兵士、軍官僚などを育成する軍務科との合同授業だ。

 前にも少し触れたが、帝国高等学院は皇立の学校で、政務科、貴族科、軍務科の3学科がある。

 行政官として法律や行政に関することを学ぶ政務科は貴族家の3男以降や優秀な平民が主だ。それに対して貴族科は貴族家の長男や次男、貴族令嬢が領地運営や領主の補弼のための技能を身につけるため、そして軍務科は騎士や魔術師、軍将校を育成する。

 全ての学科は週に各学科必須科目を20単位、合同科目を10単位受けることになっていて、毎日6科目びっちり授業がある。


 今回は貴族科と軍務科の合同授業だが、当然貴族科と政務科、政務科と軍務科と合同授業もある。

 とはいえ全学年が対象の合同授業は軍務科だけだが、これは集団戦闘の訓練のためだ。

 今回は男子と希望する女子が剣術での一対多、多対一の訓練をする予定。残りの女子は別メニューで体術などをするんだとか。

 四年生と五年生はそれぞれ二年生、一年生の指導に回るので、三年生の俺たちは与えられた課題さえこなせば後は自由にできる。

 もっとも、貴族の子女ともなれば身の危険に備えるのは当然のことなのでサボる奴はあまり居ない、はずだ。


「リスも集団戦の方に参加するのか?」

「当たり前だろ? 今さら令嬢に混ざっても得られるものなんてないし、面倒だからね」

 男装の麗人、それも貴族令息よりもイケメンで実家は公爵ということで、リスは令嬢たちに人気がある。ぶっちゃけ学園でダントツトップの人気じゃないだろうか。

 一緒に居ることの多い俺なんて、リスの信奉者から何度も脅迫まがいに「リスランテ様に纏わり付くな」って言われたからな。

 令嬢から呼び出されて、期待を胸に勇んで行ったら、指定された場所にいた複数の令嬢から脅されることになり、今でも若干トラウマが残っている。


 同じように向かっている他の生徒たちに混ざって俺たちが演習場に到着すると、場が一瞬ザワついた。

「魔人卿だぞ」

「奴とだけは一緒の組になりたくないな」

「野蛮な猿が」

 お~ぉ、相変わらず高位貴族の、それも上級生は辛辣だねぇ。

 帝都に近い領地の貴族は辺境貴族を見下している奴が多いし、その上何人も絡んできてその都度撃退してきたからなぁ。

 まぁ、令嬢は別として、他の貴族令息に嫌われても別に困らないから良いけど。味方だって居ないわけじゃないし。令嬢に嫌われるのは困るけど。いや本当に。


「あっ、レスタールさんだ」

「さすがだよな。全然緊張してないじゃないか」

「今日も偉そうな高位貴族の連中を蹴散らしてほしいぜ」

 うん。下位貴族の令息は好意的だ。

 実際には何かと見下してくる高位貴族を軽くあしらう俺を見て溜飲を下げているだけだろうけどな。

「相変わらずの反応だね。ここまで極端だと見ていて面白いよ」

「別に俺は爵位とか気にしてないだけなんだけどな。嫌われたいわけでもないのに絡まれてるだけだぞ」

 笑いを堪えながら言いやがって。

 

「おーい、フォー!」

 不機嫌そうな俺を見てケラケラと笑うリスに、文句のひとつでも言ってやろうと思ったその時、俺の名前を呼びながら走ってくる男が目に入った。

 やや太り気味の身体に、人の良さそうな丸顔の友人。ボーデッツ・クルーフ・タルド男爵令息だ。

「ボーデッツか。今日はサボらなかったんだな」

 体型からわかるように、コイツは武術、というか運動自体が苦手で、特に対人戦が予定されていると高い確率で欠席する。

「まぁ、あんまり休むと単位もらえなくなっちゃうからね。あ、フォルス様、御機嫌よう」

「ははは、いつも言っているように僕に気を使って言葉遣いを変えなくても良いよ。いつもフォーが世話になっている人だしね」

 にこやかに挨拶するボーデッツにリスがそう返すが、世話になってるって何だ? 普通は逆だろ?


「今日は小グループの集団戦でしょ? フォルス様とフォーも一緒に組もうよ」

 これまでに何度もしてきた訓練だ。要領はわかっているのでボーデッツがそう提案してきた。

 コイツは武術がからきしなので、手加減してくれる俺たちと一緒にやりたいのだろう。とはいえ断る理由もない。

「別に構わないぞ。いつもどおり人数さえ合わせれば組み合わせは自由だろうし」

 集団戦の訓練は10人が一組になり、それを2グループに分けて行うのが通例だ。なのであと7人探せば組ができる。

 俺は首を巡らせて顔見知りのグループを探す。


「僕も構わないけど、他の人を探しても無駄になりそうだね」

「どういう意味……げっ!」

 リスがそう言いながらわからないように小さく顎で示した方に目を向けて、思わず声が出た。

 5人の大柄な男たちを引き連れて、俺の何倍も不機嫌そうな顔を誤魔化すことなく睨みながら近づいてくる、金髪碧眼の美丈夫がいた。


「久しぶりだな、レスタール辺境伯令息殿」

「えっと、モルジフ殿下。何かご用でしょうか」

 目の前で立ち止まったモルジフ第2皇子殿下に、何とか内心の溜め息を殺して笑顔を向ける俺って、頑張ってると思う。

「今日は個対多数の鍛錬だそうだからな。是非とも勇名で鳴らす貴公の教えを請いたいと思ってな。もちろん受けてくれるだろう?」

 今にも剣を抜いて斬りかかってきそうなくらい殺気を溢れさせながら皇子様がおっしゃいますよ。

 はぁ~、すっげぇ嫌われてるんですけど。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る