第4話



「……妃殿下。

 出来れば、」



 後ろで扉の閉まる音がする。


「…………一刻も早く埋葬をして差し上げてください」


 王妃は静かに歩き出す。

「来年ジィナイースの戴冠式を終えてから、国民に崩御を知らせます。

 今は世界は混乱の内にある。

 私も、感情では貴方と同じですよ。

 ですが今は出来ません。

 陛下はきっとご理解下さるでしょう」


 ラファエルは頷いた。叶うとは思ってない。言っておきたかっただけだ。

 初めて王妃の前で、ラファエルは感情から出る言葉を口に出した。

 そういう関係に、なったのだ。

 奢ってはならないが、ある意味王妃もそういうものを聞きたがってもいる。

「申し訳ありません。二度とこのことは口には致しません」

「良いのです。……人として当然の気持ちです」


 なら、『王妃』というものは人じゃないんだな。


 すでに時が過ぎ、生前の面影など分からない、朽ちた骸だった。

 王族が純粋な感情で結婚出来るとは思っていないけど、それもそれなりの時間を寄り添って過ごして来た夫のはずだ。

 あんな姿を毎日花のように飾っていられるなんて、正気ではない。

 多分、感情では正気ではないのだ。

 王妃という使命感と、得体の知れないもので、この女は動いている。

【シビュラの塔】が三国を消滅させたのはたった一年前のこと。

 つまり、それよりずっと前に、ヴェネト国王は死んでいたということになる。


(ユリウス……)


 かつて、ラファエルが幼い頃、いつかジィナイースを自分の城に呼びたいと彼に強請ると、強い言葉で拒絶された。お前の庇護など我が孫にはいらんと、覇気に満ちた笑いで跳ね返された。

 ジィナイースには、祖父から受け継いだ剛胆さや大らかさが確かに存在する。

 それでもユリウスがもたらした悪縁が、彼の運命をこんな形で繋ぎ止め、憎まれる必要のない彼を、憎ませている。

 愛しているのなら、何もかもから守って、

 危険から遠ざけるべきだ、とラファエルは思った。

ユリウスのことは王として尊敬していたが、

 自分は死んで、ジィナイースに苦しみだけ残すなんて、許せなかった。


 分からないことがたくさんある。


 扉を開く者……。

 王妃は、自分では扉を開けないと言った。

 ルシュアン・プルートがそういう存在ならば、ああいう言い方はしなかったはずだ。

 彼は完全に、母親の支配下に入っている。

 彼が扉を開く者なら、王妃も、王太子自身もあれほど何かに怯え、何かを警戒する必要はないはずだ。だから他の者のことなのだ。

 それと、王妃たちが、協調関係なのか、それは分からない。

 いずれ全てを知ることにはなるだろうが、今は謎だ。


(貴方は知っていたのか?)


 五十年もの長きに渡って、海の上に在り、ヴェネトを守り続けてきた偉大な王……。


(知っていたんだな)


 答えは返らなかったが、ラファエルは直感でそう思った。


 だから彼は――国を出たのだ。




【終】 




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海に沈むジグラート34 七海ポルカ @reeeeeen13

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