第3話


 前澤さんとカラオケに来た。


 正直、今のところ仲が良いとは言えない相手と二人でカラオケというのは、かなり気まずい。


 私は前澤さんの対面の席に座った。



 「どうしよう、先に飲み物注文する?」

 「あっ、え、はい。そうしま……す」

 「遠月さんは何飲む?」

 「えっっ……と、ウ、ウーロン茶でお願いします」

 「オッケー。って、そんなに緊張しなくても」


 前澤さんはけらけらと笑いながら、手元の端末を操作して飲み物を注文する。



 「はい。注文したよ。どうする?曲入れる?」


 前澤さんは尋ねてきたが、この後に店員さんが注文した飲み物を持って来る事を知っている。

 それも意外と早く。

 歌っている最中に持ってこられると独特の気まずさがあるのは経験済みだ。

 危機回避の観点から――


 「飲み物が届いてからで……」


 私はそう答えた。


 「うん。じゃ、私が誘ったんだし、私から歌うね」


 と、前澤さんは端末を操作する。



 モニターに前澤さんが入れた曲が表示される。

 そこで”あっ”と気付いた。

 ”母が好きな曲だ”と――


 同年代の子が、私の熟知している曲を歌うのは初めてかもしれない。

 だって完全に年代ズレてるし……。

 そもそも女性ヴォーカルの曲じゃ無いし……。

 ただ、それを少し嬉しく思い、親近感が湧いたのも確かだった。



  ♪  ♪  ♪



 曲が流れ始め前澤さんが歌い出すと、ほどなくして店員さんが飲み物を持って部屋に入って来た。


 だが、まるで気にすることなく前澤さんは歌い続けていた。

 私なら完全に沈黙して、静かに去るのを待つのに……。

 っていうか、私だけじゃなくて、他の友達もそんな感じだったし。

 前澤さんが変わってるのかな?


 でも、その特殊さが羨ましくも思えた。


 肝心の歌は、上手いとも下手とも形容出来ない、ある意味”普通”……だった。もちろん……良い意味で。

 さほど同年代の子の歌を聞いた事がある訳じゃないし、批評できる立場じゃないけど、なんとなくそう思った。

 ただ、その肝の据わった態度と雰囲気により実力以上に上手く感じたのも確かだった。



  ♪  ♪  ♪



 前澤さんが曲を歌い終える。


 私は拍手をする。

 『無難な対応だなぁ』と、我ながら思ったけど……。

 とはいえそれが、素直な反応でもあった。



 「ありがと。じゃ、次は遠月さんね」


 前澤さんは笑顔で私にマイクを向ける。

 そこまで乗り気ではなかったが、店員さんにも動じないあの度胸を見せられると流石に歌わないのは失礼かな?とも思った。

 仮にもこれから配信をしてみようと思ってたんだし、ここくらいは歌っておこう。

 何事も挑戦?だ。

 何とか自分を奮い立たせられるようそう思い、私はマイクを受け取った。



 「ででで、では歌ってみます」


 酷く緊張しながら、震える手で端末を操作する。

 送信ボタンを押すと曲名が表示される。



 暫くすると曲が流れ始めた。



 音楽が流れ始めると、私は何故だか落ち着くのだ……。

 そして徐々に、その”モード”に入れる――



  ♪  ♪  ♪



 曲を歌い終え、我に返った。



 前澤さんは拍手をするでも、声を掛けてくるでも無かった。

 『何か失敗したかな?』と、不安になって前澤さんに視線を向けると、前澤さんは私を見つめて目を丸くしていた。



 「あっ、えっ、すみません、すみません」


 私は前澤さんに向かって何度も頭を下げた。

 理由は分からない。

 ただ、たいていの事はこうしておけば大事にならなくて済む。

 私の唯一の処世術と言ってもいい。



 「ううん。じゃなくってっ!遠月さん!よく分からないけど……なんか凄くねっ!?」


 前澤さんは唐突に私の両手を握り、真剣な表情でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【中編版】Bloom story(『アドバンッ!!』スピンオフ作品) 麻田 雄 @mada000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ