第2話
昔から歌を歌うのは好きだった。
発端は小学生の頃に親族で初めて行ったカラオケ。
皆が私の歌を賞賛してくれた。
今考えれば”それが当然”という事くらい分かるのだが、当時はそれが純粋に嬉しかったのだ。
ただそんな事で歌が好きになった。
しかし、カラオケに良く行っていたという訳では無い。
友人とカラオケに行った覚えがあるのは、片手で数えられるほど。
中学の頃も、流れ的にどうしても断れない場面ならば行く程度。
正直あの場はあまり得意じゃない。
でも、私が歌うと……みんな驚き、褒めてくれた――
そこには親族の贔屓目は存在しない。
社交辞令はあるとは思うけど……
「遠月さんて歌上手いんだね!」とか、「イメージと全然違うね!」とか、そういう言葉を掛けられたのだ。
私は恥ずかしいと思いながらも、それがたまらなく心地好く、そして――
”変身願望”
それが満たされる気がしていた……。
ただそこで、いきなり『歌手になろう』とか『アイドルになろう』とか思わないのも私。いや、それが普通?
狭い世界で、些細な意外性を見せる事が出来ていれば、それで満足できていた。
でも、そんな私がどうして動画配信なんてしようと思ったのか?
そこにはやはり”承認欲求”が在ったのだと思う……。
顔を出さず、本名も晒さず、ネット上だけで都合良く”別人”になりたかった。
カラオケの時に賞賛されているのは”意外性”であり、そこには普段の”私”が加味されている。
ある意味では”変身”なのかもしれないけど、私は普段の私を完全に消した”別の存在”になりたかった。
だから、ネットを介する事で完全な”別人”になりたかった……のだと、今は思う。
◇ ◇ ◇
その第一歩を大きく踏み外してしまった事に、深く落ち込んでいた。
密かに、陰に、ひっそりと、隠れた高校デビューを飾ろうとしていたのに……。
一年の夏休み明け、始める前に終わってしてしまうとは……。
人の夢って儚いなぁ……。
と、教室で自分の席に座り、窓の外に見える積乱雲を眺めながら物思いに耽っていた。
「おはよっ!遠月さん!」
突然声を掛けられ、私は軽くキョドった。
「え!っあっぁ。はい。お、お、おはようございます」
私の友人には居ないタイプの勢いのある挨拶。
昨日、私の夢を壊した前澤さんだ。
別に恨んでいる訳じゃない。
私に運が無かっただけ。
逆説的?には私の
だから、前澤さんは悪くない。……と、思う。
「どおっ?セッティングとか出来た?」
「あっ、はっ、はい。一応、音を録れるようには……」
「凄いね!私あーいう機械とか苦手だから」
「えっ、いぇ。それほどでも……」
結局あの後、正直にネタばらしをした。
嘘を雪だるま式に膨らませるのは得意じゃない。
そもそも、嘘を吐くこと自体が苦手。
それもあって、今日は尚更憂鬱だったのだ。
「でもさ、ちょっと意外過ぎて……やっぱ意外」
前澤さんは笑顔で言う。
「あっ……あのっ!昨日も言いましたけど、絶対に、絶対に、絶対に秘密でお願いします!!」
私は前澤さんに顔を近づけ、耳打ちするように小声で嘆願した。
「大丈夫、大丈夫だって!誰にも言わないから。……でも、遠月さんがどんな歌を歌うのか聞きてみたい気はするけど……」
「いえいえいえいえいえ、そんなそんな滅相も無いっ……お粗末なモノです。例えるなら、場末の野良犬の断末魔の慟哭みたいな?」
「ははは、何それ?その例え、全然分からない。逆に気になってくる」
確かに訳の分からないことを言ってしまった。
そして、その表現に起因する私の音楽的趣向は微妙に変な風に捻じ曲がっている。
家族の影響、としか言いようがない……。
演歌が大好きな祖母。
元ヴィジュアル系バンド追っかけの母。
メタル系バンドのギタリストだった父。
幼い頃からひどく偏った趣味趣向の音楽ばかり聴いていた……いや、聴かされていた。
それが普通の音楽だと思っていた。
中学の頃、初めて友人達だけでカラオケに行った時、そこはかとないギャップに気付かされたんだっけ……。
「いえいえいえ、本当にそんな大層なモノでは……」
「うんっ!じゃぁ、今日一緒にカラオケ行こうよ!!内緒にする条件として」
「えっ、ええっ!!?」
それって脅迫……?
こうやってドツボに嵌められて、後々変な壺を売られたりするんじゃ……?
などと、謎のネガティブ方向に考えを膨らませてしまう程、うろたえていた。
だが結局、頷いてしまう
……押しに弱いのも私。
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