第7話 職場からの連絡

休職に入ってから2週間が経った。日々の生活には少しずつ慣れてきたものの、達也の心にはまだ重く暗い影が残っていた。特に、職場からの連絡が来るたびに心拍数が上がり、胸がざわつく感覚が襲う。自宅にいる間も仕事のことが頭を離れず、完全に休むことができていない自分に嫌気が差すこともしばしばだった。


その日、昼過ぎにスマートフォンが振動した。ディスプレイには、吉田健太の名前が表示されていた。


「もしもし、達也さん。お疲れ様です。」


「お疲れ様。どうした?」


電話越しの健太の声は少し緊張気味だった。


「急にご連絡してすみません。体調の方、いかがですか?」


達也は一瞬言葉に詰まりながらも、無難な答えを選んだ。「まぁ、なんとかやってるよ。ありがとう。」


健太の声は一瞬安心したように柔らかくなった。


「それなら良かったです。ただ…最近、チームがちょっとバタバタしてて、達也さんがいないのがやっぱり寂しいです。」


その言葉に、達也の心は複雑に揺れた。健太の純粋な気遣いを感じつつも、仕事を任せている負い目や罪悪感が頭をもたげた。


「そうか。みんなには迷惑をかけてるな。」


「いえいえ、そんなことないです!それに、達也さんが戻ってくる日を楽しみに待ってますから。」


健太の励ましの言葉は嬉しくもあったが、同時に重荷でもあった。「戻らなければならない」というプレッシャーが、自分を追い詰めていることに気づかされる。


電話を切った後、達也は一息つこうとリビングのソファに腰を下ろした。だが、その時またスマートフォンが振動した。次に表示されたのは、山本孝司からの名前だった。


一瞬ためらいながらも、達也は通話ボタンを押した。


「もしもし。」


「おう、村瀬か。」孝司の声はいつも通り威圧的だった。「体調はどうだ?」


「少しずつ、良くなってきています。」


「そうか。それならいい。ところで、1つ確認したいことがあるんだがな。」


孝司の話は、達也が休職中に抱えるべきではない仕事の進捗や問題についてだった。


「プロジェクトの進捗なんだが、吉田が少し手間取ってるみたいだな。君が直接指示できればいいんだが。」


達也は内心で動揺した。「休んでいる」という事実を説明しなければならないのに、孝司の言葉には「それでも何かしろ」という無言の圧力が含まれているように感じた。


「申し訳ありませんが、今は体調が優れないので、直接の指示は難しいです。」


そう返したものの、達也の胸には針で刺されるような痛みが走った。


「まあ、そうか。だが、吉田はまだ経験が浅いからな。お前が復帰したら一緒にやってやらないと、なかなか厳しいだろう。」


その言葉は、一見気遣いのようでいて、復帰のプレッシャーを暗に突きつけるものだった。


電話を終えた後、達也は一人でリビングに座り込んだ。孝司からの連絡は心を重くし、頭の中で「戻らなければならない」という言葉が繰り返された。


その様子を見ていた彩香がキッチンから顔を出した。「どうしたの?さっきからぼんやりしてるけど。」


達也はしばらく黙っていたが、彩香の優しい表情に背中を押されるようにして口を開いた。「職場から連絡があったんだ。吉田からと、それから山本課長からも。」


「それで、なんて言われたの?」


「吉田は励ましてくれた。でも山本課長は…遠回しに『復帰を考えろ』って言いたいみたいだった。」


彩香は黙って聞いていたが、その表情には微かな怒りが混じっていた。「それって、今の達也に言うべきことじゃないよね。」


「でも、俺がいないことで迷惑をかけてるのも事実だし…。やっぱり、早く戻らなきゃいけないんじゃないかって思ってしまう。」


その言葉に、彩香は少し声を強めた。「違うよ。今のあなたに必要なのは、自分のペースで回復すること。無理をして戻ったら、また同じことになるかもしれないじゃない。」


「でも…」達也は反論しようとしたが、彩香の真剣な眼差しに言葉を失った。


「いい?達也。あなたが元気にならなきゃ、家族だって幸せにはなれないの。だから、職場のことは一旦忘れて、まずは自分のことを考えて。」


その言葉は、達也の心の奥に静かに響いた。彩香の支えがある限り、少しずつでも前に進めるのではないか――そんな希望が、かすかに芽生えた瞬間だった。

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