ティラミスの材料として知られるマスカルポーネ。失恋の後、別れた彼をチーズに重ねるように物語は展開されます。
カビの生えたチーズ……彼を想うように舌に触れるのですが、精神を蝕むような酸味が牙を向き、えづきたくなる辛さに襲われます。
やむなく廃棄するのですが、まるで彼と嗜んだ味を無惨にも捨てて、心が絶対的に離れてしまう切なさが残り、とてもいたたまれない気持ちになります。
嗅覚と味覚の尖った食材を描くことで心情描写を効果的に引き出す技巧が素晴らしく、また血の滲む感傷的な表現も含め、痛覚を通じ強く訴えかけてくる、そんな作者様のこの小説にかける気迫を感じます。
視覚は曇り空の晴れない心の中を、
聴覚では心のガラスの砕ける音を。
五感を駆使した彼女の心の在り方を非常に繊細かつ丹精に表現されており、失恋の辛酸を嘗める彼女の心情が痛いほど伝わってきます。
わずか3000文字数の世界の中で、これほどまでに私たちの知覚神経を執拗に刺激し、凝縮したマスカルポーネはありません。
せめて次に食べるときは、報われた心の味で食したいものですね。