エミリ
目の前の車を追いかけてどうしようと言うのだろう?
だけど、もしかしたらひょんな切っ掛けで仲良くなれるかも知れない。
そうだ。
あいつは「4作書いた」と言ってた。
何か創作してるのかも?
だったら、俺と共通のイラストの趣味かも。
それなら、色々と教えてやれるし俺の考え方は彼女にも刺激になるだろう。
最近読んでいる、小説の投稿サイトのラブコメの一場面が浮かぶ。
さっきまでのガムみたいな脳のベタベタが落ちてくるのを感じる。
胸が高鳴る。
(うん、大丈夫。君なら上手く行くって)
(やっぱ、そう思う?)
俺は頭の中の彼女(エミリ)に話しかける。
空想の友達。
いわゆる「イマジナリーフレンド」と言う奴だ。
子供の頃から唯一俺を肯定し、味方になってくれた。
勉強をサボったときも、大学を中退したときも、最初の職場で先輩を殴ったときも。
彼女は受け入れてくれた。
(あなたは才能がある。客観的に見て天才だと思うの。私はあなたの味方だよ)
(ありがとう。みんなが君みたいならな……)
(馬鹿たちなんて相手にしちゃだめ。才能あると、平凡な連中の中じゃ浮いちゃうんだよ。偉人たちがそうじゃん)
(いつになったら、こんな世界から抜け出せるんだろうな……)
(車の彼女を追いかけたら? 彼女は何かを与えてくれるかも)
(そうだな……)
追いかけてみよう。
投稿サイトのラブコメがそうだが、ひょんな切っ掛けで会話して、男性のよさに気付き好きになる。
俺は、話してさえもらえれば勝ちなんだ。
そうすれば魅力を分かってもらえる。
職場の女たちは、そこの壁を越える努力をしようとせずに俺を安易に判断した。
そんなレベルの低い奴らばかりじゃないはずだ。
(うん。理解しようともせず決め付けるなんて最低だよね)
(仕方ない。俺は運が悪いんだ。恵まれていない)
(可愛そう……)
(多分、物語になるくらい不運なんだ。本当は……他の連中並みに普通に、普通に進みさえすれば、もっと上手く行ってるんだよ)
(私もそう思う。運、悪すぎ)
大きく息をついて、しばらく後ろについて走っていると、何故か前の二人は何か話しだした、助手席の女はスマホを取り出して、俺の方をチラチラ見ている。
何やってんだ?
すると、前の車は急に減速するといきなり左側のドラッグストアに入った。
あぶねえ!
俺も慌てて急ブレーキをかけると、後についてドラッグストアに入った。
いや、切れてはいない。
ただ、さっきの急ブレーキを注意しようと思う。
俺でなければ事故ってた。
で、運転席の女が反省してるようなら、にこやかに話してやろう。
その後、お茶でも出来れば……
そう思い、車を降りようとするとクラウンの二人は、こっちを見ると急発進しまた道路に戻った。
……はあ?
俺の中で一つの疑念が生じ、それは確信に変わった。
逃げている。
俺から逃げているのだ。
なんだ!
俺は逃げられる事はしていない。
俺は紳士的に話そうと思っただけだろう。
お前らが仲いいに決まってる、男たちより誠実だ。
で……逃げるのかよ!
俺は歯軋りの音が耳にうるさく聞こえたが、そんなのどうでもいい。
もうムカついた! 正義の鉄槌だ。
俺は車を急発進させると、二人を追いかけた。
職場の理不尽に注意する上司。
一向に貯まらない金。
理解しようとしないアホ女たち。
才能を正当に評価する努力も放棄する、イラストのサイトの奴ら。
そいつらのせいで俺は、こんな新年を送る羽目にあってる。
金だってそうだ。
給料が安すぎる。
欲しいものを買ってたらすぐなくなる。
こんなの貯まるわけがない。
「理不尽だろうが! おかしいだろう!」
俺は怒鳴り散らしながら追いかけた。
幸い新年で道が込んでるのもあり、すぐに追いついた。
俺は隣の車線に入り、運転席の女に怒鳴りつけた。
「逃げてんじゃねえよ! 無礼だろうが!」
ああ……もう駄目だ。
むかつく。
全部上手く行かない。
運が悪すぎる。
お前らがどうにかしろよ。
怖い。
自分の未来が怖い。
評価されない自分の未来が。
お前らが寄り添ってくれれば。
評価して、助けてくれれば何とかなる。
それから、逃げる車を追いかけた。
悪い事してるのに逃げるな。
反省しろ。
土下座してわびろ!
(なあ、エミリ。間違ってないだろ?)
(うん、大丈夫。悪い奴には思い知らせてやれ)
信号で停まったので、さらに怒鳴りつけていると助手席の女が降りてきて、俺の車のナンバーをスマホで撮った。
そして、目の前でどこかにかけている。
運転席の女も驚いた表情で降りてきた。
俺はハッと我に帰ると、車を急発進して立ち去ろうとしたが、渋滞のせいで逃げられない。
パニックになった俺は、助手席から降りてきた女に慌てて駆け寄り、土下座して謝った。
「すいません! 悪気は無かったんです! もうしません」
電話をかけ終わった女は俺を睨みつけて言った。
「さっきからやってるそれ『あおり運転』ですよ。警察呼びました。ここで待っててください」
俺は全身が震えるのを感じながら、土下座して謝り続けた。
遠くに聞こえるパトカーのサイレンの音が俺の声を……いや、今と未来を掻き消していく
【終わり】
ある男の告白 京野 薫 @kkyono
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