ある男の告白
京野 薫
ベタベタのガム
ああ、見えている景色全てを、このレシートみたいにグシャグシャにしてコンビニのゴミ箱にでも捨てられたらスッとするのに……
俺はアパート近くのコンビニの駐車場で、ガムみたいにへばりつく鬱陶しい考えに脳を塗りつぶされていた。
1月2日のせいだろうか。
子供を連れた、思考の欠片も無さそうなアホ面をしたオッサン。
何を話しているのか、どうせ中身のない「私たちは馬鹿です」とレッテルを貼ったほうがいいような話題で笑いあっている、バカップル二人。
なんで俺はこんなに寒いんだ?
俺はなんで1人でコンビニの駐車場で、栄養ドリンクなんかを持ってボーっとしてるんだ?
俺だって……
ズボンのポケットからスマホを取り出すと、とあるイラストの投稿サイトを開く。
昨日投稿したばかりだ。
ああ、心臓がやけにバクバクする。
こいつがランキングを駆け上がれば俺の人生は変わる。
名前が売れ、買ってもらえば金も入る。
そうすれば……あいつも。
俺の頭の中に、職場の神埼さんの顔が浮かぶ。
彼女と付き合う事だって……
殴り殺してやろうかと思う上司も、俺を見る目が変わる。
頼む……この一作だけでいい。
後はどうでもいい。
かなりエロいテンプレや流行に寄せた。
分析は完璧だ。
昨日は評価されなかったが、元旦で開く奴らもいなかったんだろう……
頭の悪そうな他の投稿主よりも、思想が篭っている俺のイラストの方がクオリティは高い。
格が違うって奴だ。
だが、結果は変わらなかった。
昨日から5人しか評価していない。
「はあ……? なんだよ、これ」
ってか、なんでランキングがこんなに下がってんだよ。
他の上のランクよりも、見られてるだろ。
……ああ、そうか運営の奴絶対贔屓しやがった。
おれより、あいつらのが金になるからだろ。
「ふざけんな。これからの才能を育てるのがお前らの仕事だろ……才能の芽を潰してんじゃねえよ。俺には、これしかないんだって……天才が埋もれたらお前ら責任取れるのか!」
俺は周囲を見回し、誰も居ない事を確認すると目の前の車輪止めに持っている栄養ドリンクのビンを投げつけた。
すると、思ったより大きな音を立てたので俺は慌てて周囲を見回した。
誰も見ていなかった。
俺はホッと安堵の息をつくと、舌打ちをして口の中をしきりに噛む。
さっきから噛みすぎて血が出てくるが知ったことか。
さっきの車輪止めを2度ほど蹴りつけてやっと少しはスッとした。
本当は目の前の高そうな車に傷でも……と思うが、ばれたら怖い。
やっぱ一度、上位のランクに居るあいつに苦情のメールでも送るか……
あれ、絶対他の奴のパクリなんだよな……
悪い奴には正義の鉄槌を与えてやらないと。
周りが甘やかすから、ああいう奴らは調子に乗る。
そう思いながら何度も舌打ちをしながら車に戻る。
本当は喉も渇いたが、もしさっきのビンを投げていたところを店内から誰か、まして店員に見られていたら……と思うと怖かった。
くそ、今時あんな割れるようなビンを市販すんなって。
ムカついたら割りたくなるに決まってるだろうが。
当分、このコンビニ来れねえ。
そうだ。
どうせ来れないなら……
思い直して車を降りると、俺は店の裏に回って金網に向かって何度も蹴りを入れた。
そして、両手で金網を殴りつけると、酷くゆがんだ。
ああ、すっとした。
ざまあみろ。
気分よく車に戻り、駐車場を出たが、イライラはまた湧き上がる。
車を走らせながら、次々湧き上がるイライラをもてあましていた。
正月から上司に呼び出された。
仕事のミスが見つかったらしい。
なんで俺だけ……
半日潰れた事もあり、正月気分がパアだ。
飲み物を買おうと見かけたコンビニで停まると、ため息をつく。
みんな俺よりいい車に乗っているな。
笑顔だ。
なんで俺はこんなに呼吸が苦しい?
俺は認められないのか?
ああ、光が眩しい。
ふと、隣の車に目が向く。
二人の若い女だ。
クラウンなんか乗りやがって。
キャッキャと楽しそうだな……
いい服着やがって。
職場の冬のボーナスは少なかった。
お陰で年を越すのにキャッシングに頼らざるを得なかった。
仕方が無い。
どうしても欲しいキャラのガチャがあったんだ。
ボーナス前の自分へのご褒美だ。
あれは仕方ない。必要経費。
何とか出たから良かった。
脳汁出まくり、って奴だ。
SNSでも自慢しまくって、少しは気が晴れた。
ざまみろ、凡人ども。
だが、お陰でギリギリの年末年始。
金が無い。女がいない。
こんなに惨めとは思わなかった。
まるで自分だけ世間から置き去りにされているような……
金か、何があっても俺を理解し、味方になる女があれば満たされるのに。
なんでどっちもない?
考えても分からない。
俺もスペックは高いはずなんだ。
次々と書きたい物は浮かぶ。
でも周囲に邪魔された。
運が悪かった。
人やタイミングに恵まれなかった。
ちょっと。
ちょっとだけ歯車がかみ合えば、俺は……
俺を見出して、育てようとする奴がいれば。
そんな奴らがいる環境に出会えさえすれば。
いくら頑張っても、運や周囲に恵まれなきゃどうしようもないだろう?
そんなの俺のせいじゃない。
天才は評価する環境があるから天才になれるんだ。
またガムみたいなベタベタが脳を覆う……嫌だ。
ふと、楽しそうな笑い声が聞こえたので、目を向けると先ほどの女二人が買い物から戻ってきたらしい。
クラウンに乗り込む。
「先輩、お正月から書きすぎですって! 4作書くって何やってんですか」
「いいじゃん。楽しいんだもん」
何が「楽しいんだもん」だ。
俺も歯車がかみ合えば、あいつらみたいに……
気がつくと俺は二人を追って車を動かした。
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