第6話

 【日之召天院 丸】とは中学生時代からの付き合いで、3年間同じクラスだった。ある日、妹、【田中 朱陽】が彼に好意を抱く。それも、強く。

 学校でいじめを受けて塞ぎ込んでいた彼女に再び、生きる勇気が生まれたのだ。それと同時に、共に占いを志すようになった。そして、健太郎にもそれを強要した。


 『隣』でなければならなかったのだ。


 【日之召天院 丸】の拠り所しているのは自分だけで、自分の事を誰よりも信頼している無二の、かけがえのない親友だと思っている。占いで負けた事は一度もない。


 成績はいつも最下位で、いつも自分が勉強を教えながら、占いの事も教えている。


 朱陽はそれを信じていたし、健太郎にとってそれは、事実だった。なのに


 【日之召天院 丸】に妹が居る。

 【日之召天院 丸】が【うるまる堂】の最上階で仕事をしている。

 【日之召天院 丸】の傍で【斎藤 里奈】が仕事をしている。


 そんな話、健太郎は一言だって聞いた事が無かった。


『俺、昨日里奈と会ったんだけどさ。やっぱアイツ、俺の事まだ好きみたいでさ…。どうしてもって、強請られてよ…。ったく、高校生んなって、人間関係ってかなり面倒臭くなるよな…。お前の事、スゲェ嫌ってたもんな。お前は二度と近付くんじゃねぇぞ。分かってんだろうな…。クソストーカーが…』


『うるまる堂は、実質俺が持ってんだよ。ま、俺が居なきゃ、あそこは回らない。最上階ってかなり景色が良いぜ? お前がよ、俺の妹とちゃんと付き合うようになったら、一回くらい入れてやってもいい』


『来月はパリだな。ったく…。売れてると忙しくて敵わねぇわ。な、お前のスケジュールどうなってんだよ。あ? なんだっけ。最高峰。っほー? 暇そうで羨ましいわ…』


 頭の中が火花が弾けて散り散りになりどうだった。


 もう16時半となる。里奈はもう職務を終えて帰ったのだろうか。エレベーターは依然として降りては来ない。12から、5に降りたり、3、5、と繰り返すだけで、誰も入る事も降りても来ない。だが、付近の通路から、里奈らしい姿が、【うるまる屋】に向けて歩いてゆく姿が視えた。


「朱陽…。お前は此処で待ってろ」


 【田中 朱陽】は、ジッと、椅子に座ったまま、不貞腐れたまま頷いた。


 結んだポニーテールの背後を追って、健太郎は頻りに声を掛け続けた。


「なぁ里奈! 説明してくれよ。なんであんなゴミと仕事してんだよ。本当は嫌なんだろ? 弱みでも握られたのか。なら俺に任せてくれよ。ちゃんと話してくれ。お、そうだ。霊能寺龍華って、占い師知ってんだろ。今、俺と一緒に仕事してんだ。亜式香奈って奴も一緒なんだけどさ。スゲェ良い奴らなんだよ。きっと友達になれる。な? わざわざあんな奴と一緒に居る必要は全く無い。ストレスが溜まるだけだ。なぁ俺も上に連れてってくれよ。アイツと俺の妹の事は知ってんだろうが…。妹の起源損ねてでもやる事かよ…。アイツには、朱陽を付けよう。それで十分だ」


 里奈は【うるまる屋】に入ると、ケースの中から1枚のカードをトレーに乗せて、また次のケースを開き、1枚を乗せる。合計5枚のカードを乗せて、また、エレベーターに乗った。


「なぁって!! 間違ってる!! 話してみてくれ! 俺が、何が間違ってるかちゃんと教えられる!! 俺が何か間違った事言ったことあっかよ!! だからお前ら黙ってんだろうが!!」


 警備員に塞き止められながらも叫び続けたが、何一つの答えも得る事が出来ないままに、エレベーターの扉が閉ざされた。そうしてまた、12階まで昇ってゆく。


  冷子は、希望する5枚のカードをデッキの中に加え、勝負を挑むという。


 【流星りゅうせいクナイ】

 【夜道暗殺凶器よみちあんさつきょうき

 【電光殺拳マッハパンチ

 【王龍解放拳おうりゅうかいほうけん

 【熾烈雷電抜刀術しれつらいでんばっとうじゅつ


 どれも、このゲームにおいて勝利へのキーカードになり得るカードばかりだ。


「すごい…」

(力を感じる…。物凄く…。………でも…逆だ…。私が振り回されてしまいそう…)


「圧迫感があるね…。こうしてみると」

「はい。風上様の占歴せんれきは、主に恋占いを中心としていますが、その勝率てきちゅうりつは未だ3割程度。しかし、そのどれも、このうるまる堂内では、かなりの実力者との占闘せんとうが殆ど。しかも、あれは、スターターデッキ。初心者が一番最初に買えるカードデッキの、無加工状態。私の見立てでは、彼女は十分、化ける事が出来る」


「……………」

(どうしようかな…。何を言っているのか、あまり分からなかった…)


「しかもあの5枚、全部、【エクソスレア】なんですよ?」

「…うん。そっか。頑張れっ。冷子ちゃんっ」


 里奈の言葉を、ワンチャン勝てる、くらいに考えていたが、それは、隣の部屋の扉が開いた瞬間に、全てを察する。どちらが、格上なのかを。


 シャンッ、と音を鳴らす金色の装飾をあしらう純白のローブ。顔貌を隠し、今までの淑やかで、落ち着いた高校生の雰囲気など欠片も無い。そこに居るのは紛れもない、怪物だった。悍ましいだけではない。人智を越えた何か。これを光江は、月のような存在だと、そう形容した。


「…………」

「【日之召天院 丸】。あれが世界最高峰の名を冠する、日本最強の、【占星術師スターライト】です」

占星術師スターライト…」


「はぁ…はぁ…ふぅー…」

(昔…)


 占いを始めて間もない頃だった。冷子は、彼女と出会った。


『召喚します!! 【血溜池デッドストック グリトグール】!!』


 それが出た瞬間、冷子は全てを投げ出して逃げた事がある。思い出すのも嫌なほどの、敵前逃亡だった。それから数週間、こじんまりと店を開き、細々と1回500円という金額を得る。


 金


 金


 金


 それだけだった。だから、期待されるのが恐ろしく、喜ばれるのが怖かった。


『大丈夫ですよ! 貴方の恋は実ります! ちゃんと! だって、貴方の心の声に、とても誠実なものを感じましたから!!』


『あぁありがとう。そう言ってくれて、なんだか心が軽くなったよ』


 無責任だから。


『進路の悩みですか…。そうですね…。自分が納得できる、自分が後悔しない方を常に選ぶべきです。実はもう、心の中では決まっているのでは?』


『やっぱり…そう…ですよね…。そうだよね!! 俺、頑張ってみます!!』


 当たり前の事を、にこやかに、さも適格に的を射た感じで言う。

 

 自分の価値が薄れてゆくのを感じていた。それが何故かは分からなかった。


「始めようか」


「…………」

(逃げない…。まずはそこから!!! 無責任に放った言葉の真実を確かめる為に!!)

「召喚します」


「召喚しよう」


「【殺人料理人ミシランガイド ファイブスター】!!!」


「【妖怪ようかい 犬犬犬つむじかぜ】」

 丸の身体から噴き出した闇は渦巻き、丸の身体を覆う。闇は球体となって旋回し、そして獣の姿を模した。


『深夜に山から犬の遠吠えが聞こえたら、決して家の外に出てはならない。奴らは黒い風となって野山を駆け降り、村を襲う。音を出すな。息をするな。そのつむじかぜが通り過ぎるまで。人を殺す復讐者。負の感情で生きる闇の生物。その名は』

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メビウス ののせき @iouahtjn

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