冬を感じる時

黒巻雷鳴

冬を感じる時

 12月の寒い朝、揺れる通勤電車内。

 またこの季節が来たのかと、曇り空を眺める。

 過ぎ行くビルの看板はどれも色あざやかで、春に狂い咲く花のよう。

 けれど、わたしの心は冬の嵐。涙は凍る。表情筋も。

 あれからあなたは、どうしていますか?

 新しい暮らしに慣れていますか?

 通話アプリのトーク画面──消せずに今も残しているよ。

 まだなおらない、わたしの悪い癖。誰でもいいから、笑っていいよ。

 響いてこない街の喧騒。代わりに電車の振動が、心の傷口をうずかせて幸せな日々を呼び戻す。

 乗降口の窓に触れても、流れる景色は止まらなかった。


 冷えたアスファルトにパンプスで拙いステップを刻みつづける冬の午後。

 規則的な靴音が曲がり道に響いて木霊する。ただ、それだけ。

 寒さがいちだんと増す。きょうは雪が降るのかもしれない。

 白い息を一度遠くまで吐き出してから、わたしは首に巻いたマフラーをほんの少しだけ上げた。

 雑踏のさなかを歩きながら想う。

 冬の記憶の断片かけらはどれも、あなたとの時間ばかり。

 行き交う大人たちの影にまぎれて、あの頃のふたりも消えそうで辛い。

 むなしさは、どうすれば癒せるのかな?

 さびしさは、どうすれば癒せるのかな?

 かなしさは、どうすれば癒せるのかな?

 ただしい答えが何もわからないまま、これからも思い出をひとり引きずって生きていくのかな?

 ダッフルコートのポケットにあるスマホのぬくもりだけが、せめてもの慰めだった。


 夜には雪が降り積もっていた。

 舞い散る雪に両手を捧げ、瞼を閉じる。

 回る、踊る、歌う、自然の息吹に眼を開ける。

 そばには誰もいない。

 ひとり踊る公園は、今年も無観客。

 雪に濡れる思い出も運命も、凍える風にふるえていた。

 冷たい頬に涙がつたう。

 もうあなたとは、なんの繋がりも無い。

 それでも冬になると思い出してしまう。

 どうしようもなく、好きになった人のことを。

 あれからあなたは、どうしていますか?

 新しい暮らしに慣れていますか?

 通話アプリのトーク画面──消せずに今も残しているよ。

 まだなおらない、わたしの悪い癖。誰でもいいから、笑っていいよ。

 わたしの心は冬の嵐。

 またこの季節が来たのかと、涙で滲んだ曇り空を眺める。

 ふたたび瞼を閉じて、夢想する。

 もしもあの時、ちゃんと言葉にして伝えられたなら、わたしたちは今でも、ずっと一緒に……。

 微かに聞こえた誰かの笑い声で眼を開ける。

 公園沿いの歩道を、若い男女が楽しそうに歩いていた。

 それはいつかの、あなたとわたしにも見えた。


 やっぱり冬は、好きになれない。

 ああ、まばたきの数だけ、春が近づけばいいのにな。






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