後編
「はい、どーもーっ!」
久しぶりに舞台に上がった。練習したとはいえ、やっぱり緊張する。
「そういえば僕、あの……アレ」
さっそくネタが飛んだ。ああ、どうしよ。
「なに? まさか三上、将来の夢忘れてもうたん?」
「いや、ちゃうし。もうすぐそこまで出かかってんねん。ここ、ここまで」
「そこお腹やん。普通喉やろ。全然出かかってもないし」
アドリブ? いや、元々こんなネタやったっけ。わからんけど、なんや、楽しくなってきた。
「なんでやろ、胃液は時々出てくるんやけどな」
「それは病院行ったほうがええんちゃう」
「あとアレな、六分の一の確率で赤いのが出る」
「はよ行けよ! サイコロみたいなノリで吐血すな!」
「あ、思い出した。僕お医者さんになりたかってん」
「今? 現在進行形で死にかけてんのに、もう将来の夢とかそんな場合ちゃうと思うねんけど」
少しだけ思い出してきた。このネタ、決勝でやって大スベリしたやつやないか。猪俣がツッコミ噛みまくって、僕に泣いて謝ってきてたよな、そういえば。二人でSNS断ちして酒飲んで、僕だけ二日酔いで翌日のバイト行ってたっけ。ほんで帰ってきたらまだ僕んちおるし、約束破ってめっちゃエゴサしてるし。にらめっこ全勝顔やし。あれはおもろかったな。
「そういうお前は? 何になりたかってん」
「俺? 決まってるやん。俳優」
「嘘やろ? その顔で? お前が演技なんかしたら、おもろすぎて話全部入ってこーへんようなるで」
「褒めてんのか
確か、前はこの辺の流れを僕が再現する感じやった。でも、変えてくれたんやな。多分やけど、僕がなるべくネタ飛ばさんように。一人でのレギュラーとかもあって、忙しいのに。
「ほんでチラシ配ってたらバッタリ会いまして、もう気まずいし恥ずかしいし。そしたらこいつ、急にチラシの半分奪って勝手に配り始めたんですわ。優しいと思ったのも束の間、手伝ったからチケットちょうだい言うて。新手の脅迫ですよ、こんなん」
こいつ、
「悔しいなあ」
あまりにも完璧で、まぶしくて、きっと僕がいなくなっても、こいつはこの世界でやっていけるって隣で実感した。悔しくて、でもそれが無性に嬉しい。
「バイト代も貰っとけばよかった」
「ナメてんのか、チケット一枚五千円やぞ。あの頃の俺からもう何も奪うな」
お客さんの顔が見える。猪俣が話して、ツッコむたびに、色とりどりの波が広がるのがよく見える。
「んで、その公演の帰りにバイト行こうとしたらコイツが……」
大声で叫びたい。こいつを見つけたのは僕なんやって。いま会場を震わせてるのは、他でもない僕の相方なんやでって。
「急に腕組んできて、『あのさ! 僕とお笑いやってくれへん?』って。もうヤクザのやり口やん。……なあ、聞いてる?」
解散しても、きっと僕は、そんなこと忘れてお前を誘ってしまうんやろか。
なんやそれ、きっしょい。熟年夫婦のやつやん。見てられへんわ、おっさん同士のなんて。
「ごめん、全然聞いてへんかった。もっかい言って?」
「おい! 頑張って一度も噛まへんかったのに! 俺のドライマウスをこれ以上悪化させる気か?」
「ほな……ええと」
終わろか。言えへんよ。ほんまに終わってまうやん。こんな楽しい時間、永遠に続いてほしいに決まってる。
「漫才のオチ忘れるやつがおるかい。もうええわ」
忘れたくなかった。
せめて今日の想いくらいは、一生の宝物にして奥深くに刻んでおきたい。
頭を下げた瞬間、猪俣の足が濡れてることに気がついた。
腐ってもコンビやな、と思った。
ミスは多々あったけど、ライブは大成功のまま終わることができた。地獄の反省会をしなくていいのが解散ライブのええとこなのかもな、と思ったりしてみる。
「……ありがとな、最後のわがまま聞いてくれて」
「きっしょ、お前ほんまに三上か?」
「あーあ! やめやめ! もう二度とお前に礼なんか言わんわ、ほんまに」
「よう言うわ、誰の金で飯食っとると思っとんねん」
「すみません、反省してますこの通り」
舞台袖での会話誰かに聞かれてへんやろか、猪俣のスネかじってるなんて知られたら死んだほうがマシや、なんてしゃべってたらこいつ、「もうとっくに知られてんで」とか言うてきよった。なんや、心配して損した。
あと、楽屋に帰って、久々にファンレターの山っちゅうのを見た。毎日一通ずつ目を通してたら、きっと死ぬまで暇しないやろな。忘れても、もう一回読めばええし。
「すっごい量やな……。こっちはコンビへの手紙で、こっちは個人……おいおい、見てみいや三上! 初めてファンレター数でお前に勝ったで! まあ、テレビ露出の割に量はどっこいどっこいやけど」
「当たり前やん。一応僕、引退するんやで? 今めっちゃ潮時やで?」
猪俣が、キョトンとしている。僕、なんか変なこと言うたかな。
「お前、潮時って意味わかってて言うてる?」
なるほど、わかった。こいつ、間違えて覚えとるんや。その点、僕は違うで。お前に言われたんか知らんけど、わからん言葉はちゃんと調べてメモしてるんや、こっちは。
「勘違いしてるみたいやから教えたるわ。——潮時ってな、『一番いい時期』ってことやねん」
そう言ったら、猪俣に涙が出るほど笑われた。大事な部分が抜けてるとか、お前らしいとか、散々バカにしてくるし。やっぱ、解散して正解やったわ、こんな性根の曲がったやつ。
「でも、そうかもな。今の俺らにぴったりな言葉やわ、それ」
とりあえずこれ今日の薬、これからは飲んだか
元相方は相方の時とあんま変わらんけど、なんか前よりずっと晴れやかになったように見えた。
終わりも始まりもわからんようになった時、ふとした瞬間に浮かんではじける記憶のかけら。それが多分、今なんやと思う。
「ありがとな。ほんまに」
日に焼けてない、真っ白い錠剤を飲んだ。
少し未来が、見えた気がした。
潮時も知らんアホ 御角 @3kad0
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