第3話、それぞれの旅立ち

 外壁から三十分ほど道なりに行くと、直前で三方向に分かれていた。

 大森林を突っ切る中央の道を選び、少し進んだ後、そこから私たちは森へ足を踏み入れる。

 しばらく歩くと、突然ジンに手で制止された。


「あれが今回の討伐対象だ。大声出すと反応するから気をつけな」


 指で示した先には、茶色く変色した大根のような胴体の頭に、赤い菊のような花が咲き、タコの足のような蔓を持つ奇妙な植物が見える。


「まずは周囲に人がいないことを確認してだな……」


 ジンはそう言いながら辺りを見回し、植物型の魔物と向き合う。


「よし、見てろよ! 単式魔法陣、風! ……ちっ、外れたか。それ、もう一丁! くそっ!」


 放つ魔法をことごとく外すのを見て、私はこの人が本当に一級冒険者なのかと不安になる。


「あー、もうめんどくせえ」


 そう呟き、槍を手に取って勢いよくぶん投げた。

 植物型の魔物を貫くと、切り口から赤い樹液を流し、強烈な悲鳴を上げる。

 四方八方から他の植物型の魔物の蔓が伸びてきた。


「ふぅ、魔法とか慣れねえことするもんじゃねえな」


 腕を上げ、肩を回しながらそう言うと、蔓の一群に指を差す。


「あれを切り落とすか、時間が経って勝手に戻るのを待つかしないと、刺されてやられる。今回は数が多いから待った方が無難だな」


 しばらくすると、うねうねと獲物を探していた蔓が引っ込んでいく。

 私たちはそれを見届けてから、花を回収した。


「とりあえずこれで依頼は達成だ。嬢ちゃんもやってみな?」


 指で示した植物型の魔物の位置は、ジンが魔法を放った距離の倍以上。

 しかし、ここからでも私は花を切り落とす自信があった。

 屋敷で舞い落ちる落ち葉を相手に特訓するよりも簡単に感じられたからである。

 狙いを定めて左手をかざし、顕現させた緑色の精霊に魔力を供給した。


「単式魔法陣、風」


 精霊が薄っすらと光り輝くと、そこから三日月状の鋭利な魔法弾が飛び出し、風切り音を立てて花の付け根を打ち抜く。


「よし!」


 小さく両手でガッツポーズをし、満面の笑みでジンを見る。


「嬢ちゃん、魔法のセンスあるな」


 ジンは腕を組み、そう言うと大きく頷く。

 先ほどと同じように待ちながら、噴水のように赤い樹液を噴き出す植物型の魔物を見ていると、イチゴシロップを思い浮かべ、かき氷が食べたくなってくる。

 そんなくだらない想像をしていた私に、突然ジンが告げた。


「おっと、お客さんかな。ちょっと俺の後ろに隠れてな」


 その言葉を聞いて辺りを見回す。

 薄暗い森の奥、木々の間から見える開けた場所に、異様な唸り声を上げる一本角の犬に似た魔物が三匹、うろついていた。


「あっ、三級相当じゃねーか。こんなところにまで出没するとはまずいな」


 そう言いながらジンは少し顔を上げ、首を横に振り、何かを探している様子をみせた。


「嬢ちゃん、軽そうだからいけるだろ。ちょっとごめんよ」


 私は突然、ふわりと体を持ち上げられ、お姫様抱っこをされる。

 困惑する中、走って逃げるのかと思いきや、突風と共に勢いよく上昇し、木の枝に着地した。


「ちょっと行ってくるから、ここで待ってな」


 私をそこにゆっくりと降ろし、そう言い残すとすぐに飛び降りた。

 一連の行動に気づいたのか、一本角の犬に似た魔物がこちらへ向かってくる。

 ジンは腰の剣を抜きながら、そちらへ歩み出た。


 両者が激突する寸前、ジンの足元から強風と砂埃が巻き起こる。

 勢いよく飛び出すと、すれ違いざまに一匹目を切り伏せながら回り込み、背後から残りの二匹を水平に切りつけて同時に仕留めた。


 迫りくる植物型の魔物の蔓もことごとく切り落とし、剣を振るい鞘に納める。

 そして何事もなかったかのように木の上で待つ私のところへ戻ってきて、ジンは両手を上げて叫ぶ。


「おーい、嬢ちゃん」


 これは間違いなく受け止めるから飛び降りてこいという合図に違いない。

 恋人ならともかく、恥ずかしすぎてそんなことはできなかった。


 私は首を振り、ゆっくり降りようと木の枝にしゃがみ込み、足を伸ばす。

 しかし、滑り落ちてしまい、またしてもお姫様抱っこの体勢になってしまう。

 心臓が激しく鼓動する中、そっと優しく降ろされた後、こう尋ねた。


「ジンさんって人間ですか?」

「はあ? いきなり何を言い出すんだよ、嬢ちゃん」

「だって、普通あんなに素早く飛び出したり、剣を振ったりできません」

「ああ、これ使ってるからな」


 片足を持ち上げブーツの踵に指を差す。

 私が目をやると、そこには球体の石が嵌め込まれている。


「魔石って言ってな、魔法の代わりに使える便利なものだ。嬢ちゃんも冒険者続けるなら手に入れた方がいいぞ。ただし、値は張るけどな」


 あれを見たら、私には買うという選択肢しか浮かばなかった。


「さて、嬢ちゃん、続きやろうか」


 その後、数体の植物型魔物を討伐し、私たちは帰路につく。

 戦闘よりも外壁と大森林を往復する方がキツイ。


 ローブのおかげで服は汚れていないものの、靴は樹液でべとべと、歩くたびネチャネチャと音を立てている。

 貼りつく感触はとても気持ち悪く、帰りに靴を買うことにした。



「俺は報告済ませてくるから、そこらへんに座ってな」


 組合に帰還すると、ジンはそう言い残しカウンターへ向かう。

 待っている間、前を通る人たちが私の顔をじろじろ見るのが気になり、落ち着かない。


「嬢ちゃん、お待たせ」


 ジンから小さな袋が手渡され、私はそれを受け取った。


「次の仕事は、一週間後にしてくれないか?」


 その言い方に違和感を覚えつつも、私は快く了承する。


 冒険者組合を出て屋敷へ帰る途中、商店街で歩きやすそうなブーツと、顔を隠すための仮面を購入した。

 ふと立ち寄った店で、一組になった足用の魔石が目に留まる。

 金貨七十五枚と聞いて驚いたが、とりあえず今後の目標ができた。



 一週間後、仮面を装着し、ローブを着てフードを被り、冒険者組合に向かう。

 ジンと受付嬢は驚いたものの、理由を説明すると、その方が良いと賛同してくれた。



 約二か月後、独り立ちした私は毎日依頼をこなした。

 植物型の魔物の攻略法を編み出したことで、驚異的な討伐数を重ね、四級冒険者に昇格する。



 そして月日は流れ、年末のある日、お金が貯まった私はジンの元を訪れた。


「ジンさん、ご相談がありまして……」

「お、嬢ちゃん、久しぶり。頑張ってるようだな」

「はい、おかげさまで。そろそろ魔石を購入しようと思いまして、ジンさんにアドバイスをいただけたらと……」

「いいぞ、一緒に見に行くか? 俺も買わないといけない物があるし」

「本当ですか? ありがとうございます」


 一緒に向かった商店街では、年末大セールが行われており、ブーツとセットになったものが金貨五十枚で売っていた。


「この大きさでこの値段は安いが、使いこなせる奴いるのか?」


 ジンはそう言い、魔石を丹念に吟味しながら小さく呟いた。


「発動までに時間がかかるから、大きすぎるのは足には向かないんだよな……」

「これ、試してみてもいいですか?」


 私は店主に尋ね、了承を得るとブーツを手に嵌め、空に向けた。

 魔力を込めると瞬く間に突風が巻き起こり、それを見たジンが叫んだ。


「す、すげぇ……嬢ちゃん、これ買いだ、買い!」

「でも、これ色がなぁ……」

「そんなもん、染め直せば済む話だ。これ逃したら後で死ぬほど後悔するぞ」

「じゃあ、私、これ買います」


 店主に代金を支払って、その後ジンの買い物に付き添いながら停留所へ向かう。


「嬢ちゃん、言い忘れてたんだが、俺、今年いっぱいで東の街に戻るんだ」

「えっ、そうなのですか?」


 突然の言葉に、目から自然と涙が溢れた。


「おいおい、泣くなよ、今生の別れでもあるまいし……」


 うつむく私の頭をぽんぽんと撫でられ、過去にあった冒険者組合の出来事を思い出し、涙が止まらなくなる。

 頭を温かく包み込まれる感覚の後、しばらくして落ち着いた私は仮面を外し、感謝の念を込めて、ジンに深々と頭を下げた。


「今までありがとうございました。どうぞお元気で」


 別れ際、馬車に乗る私に、ジンは小さな袋をそっと渡してきた。


「ジンさん、これは?」

「今日、買い物に付き合ってもらった礼だ」

「そんな、まだローブのお礼も済んでいないのに……」

「ん? そんなこと、あったか?」

「すみません、そろそろ発車いたします」


 御者がそう告げると、ジンは大きく手を振りながら叫んだ。


「じゃあな、嬢ちゃん、達者でな」


 車内で小さな袋を開けると、中には赤、白、黄色、オレンジ色の花が付いたガーベラの髪飾りと一枚の紙が入っていた。


 そこには「嬢ちゃん、扉は押すんだぜ」と書かれていた。


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、それまでの悲しい気持ちはすべて吹き飛び、私は思わず噴き出す。

 落ち着いた後、私は静かに呟いた。


「ジンさんらしいな……」



 年が明け、冒険者組合は何も変わらず時を刻んでいる。

 私はジンの教えを胸に刻み、今日も元気に扉を押すのであった。

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貴族令嬢、冒険者への扉を叩く カドイチマコト @kadoichi-makoto

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