サンタクロース狩り

花 千世子

サンタクロース狩り

「サンタ狩り?」


 わたしは、思わずオウム返しをした。

 れんが――幼なじみがそういったのだ。

 冬休みだっていうのに、小学生生活最後の冬休みを満喫しようって時に、「用事があるから出て来い」と蓮がわざわざ家に来て、玄関を出たらそういわれた。


「そう。サンタ狩り。面白そうだろ」

「そんなことしたら、蓮のお父さんとお母さんが泣くよ?」


 静かな住宅街に、わたしの声が響いた。


 今日はクリスマスイブ。

 いつもクールな蓮も、クリスマスにサンタクロースがくるって思ってるんだ。

 かわいいところあるじゃん。

 幼稚園の頃に砂場で「うち、えんとつないけどサンタさん来られるのかなあ」とわたしがつぶやいたら、そばにいた蓮が鼻で笑ったことを昨日のことのように思い出す。

 そんな蓮が、サンタ……。

 いや、ちがう。

 サンタ狩りとかいう物騒な言葉を放ったのだ。


「あのさ、新菜にいな。なんか勘違いしてない?」

「サンタを襲撃しようってことでしょ?」

「ちがうっつーの。捕獲しようってことだ」

「おーなーじーだよー!」

「いや、ちがうだろ」


 蓮は、はあとため息をついて続ける。


「実はさ……土曜日に見ちゃったんだよ、サンタクロースを……」

「なんかオバケを見た、みたいな口調だね」

「おれからしたらサンタだってオバケみたいなもんだ。存在しないんだから」

「夢がないなあ」

「新菜はまだサンタクロースを信じてるのかよ……それはそれで心配になる」


 蓮があわれみのこもった目をしてそういった。


「本気で信じてるわけじゃないよ! いたらいいなあって思ってる」

「それは信じてる側の意見だろ」

「で、サンタクロースを信じてない蓮くんは、なにを見たって?」

「サンタ」


 蓮が小さな声でいった。


「聞こえないなあ」

「うっざ……」

「わたしに話を聞いてほしいんでしょ? それならもっと元気よく! はい! なにを見たって?」

「サンタクロースだバカやろおおおお!」


 蓮の声は、真冬のシャーベットのような空に溶けて消えた。



「で、最初にここで見たの?」


 わたしが蓮の背中に聞くと、彼は振り返る。


「そう。ここにいた」


 蓮はそういって、目の前の建物を見た。

 それは、『オレンジ』という名前の喫茶店だった。


 結局わたしは、蓮の「サンタ狩り」ならぬ、「サンタ探し」に付き合うことにしたのだ。

 蓮が最初にサンタクロースを見たというのは、寂れた商店街の端にある喫茶店。

 ここは昔、お父さんと来たことがあるな。


「入るぞ」


 蓮はそういって、喫茶店に入った。


「え、なんで?」


 わたしは戸惑いつつも、蓮を追いかける。


 蓮は窓際の席につき、わたしはその向かいに座った。

 店の中には、カウンターに常連らしきおじさんがいるだけ。

 わたしは小声で聞いてみる。


「サンタ、あのおじさんかな?」

「もっと年齢いってた。なに頼む?」

「え、お金そんなに持ってないから、わたしはいいよ」

「奢る」

「なんで?」 

「サンタ探しに付き合わせてるからだ」

「いいの? じゃあ」


 わたしはメニューを見て、それからいう。


「じゃあ、ビッグチョコレートパフェで」

「……ちょっとは遠慮してくれよ」

「冗談だよ。オレンジジュース」

「ん。おれもオレンジジュースにするか」


 蓮はそうつぶやいて、「すみません」と店員さんに声をかける。


「はい。ご注文は?」

「オレンジジュース二つと、チョコレートパフェの特大一つ」

「かしこまりました」


 店員さんがテーブルを離れると、わたしは驚いて蓮を見る。 

 

「冗談だってば。今からなら取り消しても間に合うんじゃない?」

「いいよ」


 蓮はそれだけいうと、ちょっとだけ笑って窓の外を眺めた。

 ふと蓮の横顔を見ていて思う。

 キリッとした目元に、すっと通った鼻筋、きれいな肌に、スタイルも良い。

 実はかなりイケメンだけど無愛想そすぎて、クラスの女子からも避けられている。


 五年生の時に果敢にも蓮に告白した女子がいた。

 でも、蓮はその子にこういったのだ。

「あんただれ? 知らないから好きになれるわけないじゃん」と。

 それ以来、蓮は一部の女子からふわっと嫌われてもいる。


 わたしは蓮らしいなあと思う反面、その女子が不憫だな、とも思った。

 自分がもしも告白をして、そんなことをいわれたら、泣く……いや、わりとしっかり蹴りを入れるかもしれない。

 しかも告白をしてきたのは、とってもかわいい女子だった。


「あーあ、もったいない」


 わたしがそうつぶやいやので、蓮がこちらを見た。

 蓮は、あの時の告白の話をすると、無愛想に拍車がかかる。

 その話はしてほしくないんだと思う。

 わたしも、あれは楽しい話ではないし。


「それよりサンタさん、ここでなにやってたの?」

「偵察じゃないか? ほら、サンタは良い子のところにしか来ないだろ」

「ここで子どもたちを見てたってこと?」

「たぶん」

「でも、土曜日ってことは、クリスマスまで一週間もないよ。間に合うの? 世界中の子どもを偵察してたわけじゃないにしても、この町の子だってたくさんいるし」

「知らねーよ。分担制なんだろ。サンタはもっと数がいて、この地域はこのサンタ、みたいに持ち場が決まってるとか」


 蓮はそこまでいうと、「サンタがいたら、の話な」と付け加える。

 そこでわたしはふと疑問を口に出す。


「ねえ、蓮はなんで、その人がサンタさんだと思ったの?」

「サンタクロースそのものの恰好してたから」

「じゃあ、それめっちゃ目立つじゃん」

「そうなんだよな。そうなんだけど……」


 蓮はそこまでいうと、何かを考え込んだ。

 するとオレンジジュースと、チョコレートパフェが運ばれてきた。

 特大サイズは、普通サイズの倍……いや三倍くらいある。


「うわあ、すごい。食べきれるかな」

「一人で食うな。おれも混ぜろ」

「うん。そのつもり」


 わたしはふたつあったスプーンの片方を、蓮に渡す。

 チョコレートのたっぷりかかった生クリームを食べながら、わたしはいう。


「あのね、思い出したんだ。昔のこと。ここでお父さんとパフェ食べたんだ」

「へー。いい思い出じゃん」

「その頃ね、わたし五歳ぐらいでさ、パフェの味なんか、わかんなかった。だってお母さんは入院しててさ。あっ、弟が生まれ時だから」

「ああ、おばさんが出産が近くて入院してたってことか」

「そう。でも五歳だったわたしは、それがわからなくて、すごく心配で」

「まあ出産は命がけっていうからな」


 わたしはうなずいて、スプーンでアイスクリームをすくう。

 だから五歳のわたしは、チョコレートパフェを目の前にしても元気にならなくて。

 甘くておいしいはずのパフェも、味がしなくて。

 だけど、わたしが笑わないとお父さんが心配するからな、と子どもらしくないこと考えて。

 無理やり笑ったことを覚えている。

 本当はすごく、すごーく不安だった。

 もう、今はお母さんも元気にパートしてるし、弟は生意気だけどかわいいし。


「昔のことなのに、思い出すと寂しいんだよね……」

「バッカじゃねえの」


 蓮がそういって冷たい目でわたしを見た。


「今、バッカじゃねえのっていった?」

「いった。だって新菜、バカだし」

「ひどくない? わたしが悲しんでる時に!」

「今、どんな気持ち?」

「蓮に怒ってる」

「よし」

「よし、じゃないでしょ!」


 わたしが蓮をにらむと、奴はニヤリと笑いながらいう。


「これでこの喫茶店でチョコレートパフェを食べた時の記憶が寂しいじゃなくて、おれにムカつくって記憶になるな」

「そうだけど……」


 わたしはそこでハッとする。

 いつの間にか寂しいって気持ちは消えていた。

 蓮が目の前で、チョコレートパフェを食べている。

 きっと、これからこの店に来ても、思い出すのはこの記憶なんだろう。

 いいんだか悪いんだか……。

 

 喫茶店を出ると、蓮はまた歩き出す。

 その背中を追いかけながら、わたしは聞いてみる。


「サンタさん、喫茶店に寄っただけじゃないの?」


 すると、蓮はまっすぐ前を見たまま答える。


「まだある」


 そういった蓮は、チラッとこちらを見て歩き出す。

 いつもよりも、ゆっくり歩いてくれているのだろう。

 わたしがついて来られるように。


 蓮の背中を見ていると、昔よりもずっと大きくなったなあと思う。

 ついこの間まで、わたしよりも背が低くて、もっと華奢な体をしていたはず。

 それなのに、背はいつのまにか抜かされて、蓮の背中でわたしが隠れてしまう。

 なんだか蓮が遠い世界の人みたいだ。

 思いきり手を伸ばしてみる。

 蓮にはあとちょっとだけ届かない。


 やってきたのは、ショッピングモールだった。

 このショッピングモールができたから、商店街が寂れたってお母さんがいってたっけ。

 でも、広い空間に色々な店があるのはワクワクする。

 しかもクリスマスの飾り付けがあちこちにしてあって、キラキラしてるし。


「サンタさん、ここに来たの?」


 蓮に聞いてみると、「そう」とだけいった。

 こんなところで、しかも土曜日にサンタさんがいたら、さぞかし目立つんじゃないだろうか。

 人だかりとかできなかったのかな。

 そんなことを考えて、蓮を見る。

 蓮はタイミングよくこっちを振り返った。


「おもちゃ買いに来たんじゃねえの」

「えー……。おもちゃんはサンタの国で作ってほしい」

「大量生産じゃないと、世界中の子どもに配れないだろ」

「大量生産っていわないでよ……」


 わたしがぼやくと、目の前にキラキラしたアクセサリーが見えた。

 雑貨屋さんもクリスマスの飾りがしてある。

 そこに並ぶアクセサリーに、ついつい目が奪われてしまう。


「あ。このクローバーのペンダントかわいい。お小遣い持ってくればよかった」

「おい、行くぞ」


 蓮にいわれて、わたしは慌ててそちらへ行く。


「ああ、ごめん」

「もうすぐだ」


 蓮はそういうと、ゲーセンの前で立ち止まる。


「ここ」

「ん?」


 わたしは首をかしげてゲーセンを見る。


「ゲーセン? サンタが?」

「そう」

「なんで?」

「おれも知らねえ」


 蓮はそれだけいうと、ゲーセンの中へ。

 サンタさんがゲーセンって、なんで?

 おもちゃコーナーでおもちゃを買うほうがまだ分かる。

 そもそも、喫茶店に寄って、ショッピングモールのゲーセンに寄るサンタってなにが目的なの?

 そこまで考えた時、蓮が両替を始めた。


「なにしてるの?」

「両替。見りゃわかるだろ」 

「そうじゃなくて……」

「マレカーやろうぜ、対戦」

「え、あ、うん」


 わたしはレーシングゲームのほうへ移動する蓮を追いかける。

 なんだか蓮、ちょっと変。

 

「赤こうら避けるとかアリ?」


 わたしがハンドルを切りながら叫ぶと、蓮が笑う。


「アリなんだよ。素人のアイテム攻撃なんか怖くねー」

「蓮だって素人でしょうが!」

「おれは、家に引きこもってマレカ―やりまくってたんだ。少なくとも新菜には余裕で勝てる」

「じゃあ、なんで対戦なんかするのよ」

「えっ?」


 わたしはゲーム画面を見ながらいう。


「下手なわたしとやっても、楽しくないでしょ」

「んなことねーよ」

「サンタさんもマレカ―してたの?」

「うん」

「うそつき」

「は?」


 蓮はそういうと、わたしを見た。


「サンタ見たって、うそでしょ」


 わたしがそういうと、蓮のカートが逆走する。

 蓮がいう。


「そうだよ。だからなに?」

「なんでそんなうそついたの?」


 わたしが聞くと、蓮はこちらをにらみつけた。

 それからこういう。


「新菜がムカつくから」


 蓮はそれだけいうと、思いきりアクセルを踏んだ。

 そして、あっというまに一位でゴール、

 蓮は、ゲーセンを走って出て行ってしまった。


「なによ……」


 わたしはそうつぶやいて、ため息をついた。

 それからゲーセンの前のベンチに腰掛ける。

 蓮は、どこへ行ってしまったんだろう。

 追いかける気力がない。


 そもそも、今日の蓮はおかしかった。

 サンタを見たといった時から、なんだかあやしいなあとは思っていた。

 あんなに現実主義の蓮が、そんなことをいうはずがない。

 サンタを探しに行こう?

 幼なじみだからわかる。

 そんなファンタジーなこという奴じゃない。


 わたしにムカついてるから、うそついて喫茶店とショッピングモールに連れてきた?

 わざわざチョコレートパフェをおごって?

 ゲームして?

 なんのために?


「わたしは、今日、たのしかったのに……」


 そうつぶやいた時、にぎった拳に何かが落ちた。

 涙だ。

 わたしにはいつの間にか泣いていた。

 なんで泣くの?

 蓮に「ムカつく」っていわれたから?

 わけわかんないうそ、つかれたから?

 ううん、ちがう。

 蓮が、わたしに本当のことを話してくれないから。

 きっと他に何かいいたいことがあるんだ。

 何かはわからない。

 でも、いいたいことがあることだけは、わかる。


 その時、迷子の放送が流れた。

 五歳の男の子がお母さんを探しています、というアナウンスが響く。


「そうだ、あれだ」


 蓮に何が言いたいのか聞きたい。

 本当はわたしになにか話があるんでしょ、って。

 でも、ここは広くて蓮がどこへ行ったのかわからない。

 蓮はまだここにいる。そんな気がする。

 でも、あてもなく探していたら帰ってしまうかもしれない。

 それなら探してもらおう。

 そんなわけで、わたしは迷子センターへ。


『迷子のお知らせです。〇〇小学校の六年一組の藤堂蓮さま、お連れ様がお待ちです』

  

 アナウンスをしてもらってから十分もせずに、蓮は迷子センターに来た。

 息を切らせて、わたしをにらみつけて。


「迷子って強調したら、ちゃんとアナウンスしてくれたね」


 わたしがそういうと、蓮は悔しそうに顔をゆがめる。

 それから、蓮はうつむいた。

 そして勢いよく顔をあげていう。


「行くぞ」


 そういうと、わたしの腕をつかんだ。

 それから歩き出す。


「痛いんだけど」

「おれは痛くない」

「そりゃそうでしょうね? 掴まれてるの、わたしだし!」


 わたしがいうと、蓮は立ち止まった。


「だーかーら、おれは痛くもかゆくないんだよ!」

「うん! だって痛いのわたしだし!」

「そうじゃねえ」


 蓮はそういうと、足元を見つめて続ける。


「迷子のアナウンスされても、痛くも痒くもない」

「強がっちゃって」

「本当に。だって、来年にはおれ、この街にいないし」

「ふーん……。えっ? この街にいないって? どういうこと?」


 わたしがおどろいて聞き返すと、蓮は顔を上げる。


「父さんが、転勤になったんだ。来年……一月の半ばには引っ越す」

「どこに引っ越すの?」

「〇〇県」


 遠すぎて、どこなのかわからなかった。


「おれもビックリした。突然だったから」


 蓮の言葉が遠くで聞こえた気がした。

 目の前が真っ暗になる。

 そんな……。嫌だよ。

 涙で視界がぼやけていく。

 すると、蓮がいった。


「サンタを見たのはうそ。サンタを探そうっていえば、新菜がついてくると思った」

「新手の誘拐みたい」

「泣きながらツッコミ入れてくんな」

「泣いてない!」


 わたしは乱暴に手の甲で涙をぬぐう。


「よし、もっと新菜を泣かすことをいってやろう」

「これ以上なにがあるの?!」


 耳をふさごうとするわたしの手をつかんで、蓮がいった。


「おれとしては今日のこれ、新菜とのデートつもりだったんだ」

「は?!」

「サンタを探すふりして、新菜とデート気分だった」

「ええええええええ」


 ショッピングモール内に響き渡るほどの声が出たと思う。

 蓮の顔は真っ赤だった。

 まじか! マジなのか!

 わたしは、なんだその、蓮に好かれてる?

 そうなんだ?

 頭の中は大パニックで、何も言葉が出てこない。

 そして蓮は、笑い出す。


「もっと泣かすことって、自分でハードル上げ過ぎたな、ごめん」


 蓮はそういうと、何かを差し出してきた。

 きれいにラッピングされた箱。ピンクのリボンまでついている。


「なにこれ」

「メリークリスマス」

「わたし、なにも用意してないんだけど」

「別にいいよ。くれるっていうなら、もらうけど」

「なにがいいの?」

「いや、おれに聞くなよ」


 蓮は少しだけ考えてから、小声でこういう。


「あ、ほしいのは告白の前向きな返事、かな」

「えっ?」

「あっ、そろそろ帰るわ」


 蓮はそれだけいうと、走って行ってしまった。


 家に帰って、渡されたプレゼントを開けた。

 中には、ペンダントが入っていた。

 四つ葉のクローバーのデザインで、ピンクの宝石がちょこんとついていてかわいい。


 蓮の顔が浮かぶ。

 嫌だよ、行っちゃやだよ。

 わたしは、とうとう泣き出した。

 子どもみたいにわんわん泣いた。

 それから泣きつかれて眠ってしまったのだ。


「おやおや、クリスマスに泣きながら眠るなんてかわいそうに」


 その声で目を覚ますと、目の前には見知らぬおじいさんが立っている。

 赤い帽子に服、真っ白なひげ……。


「えっ、もしかしてサンタさん?」

「メリークリスマス!」

「本当にいたんだ」

「さて、サンタさんが一つだけお願い事を叶えてあげるよ」

「えっ? プレゼントじゃないの?」

「プレゼントがよかったかい?」

「ううん。そうじゃないの。でも、お願いって、なんでもいいの?」

「そうだよ。もちろん、君のことじゃなくて、他の人のお願いでも叶えられる」


 サンタさんの言葉に浮かんだ顔は、蓮。

 蓮には遠くに引っ越してほしくない。

 いつのまにか胸には、もらったクローバーのペンダントをつけていた。

 わたしはペンダントをぎゅっと握る。

 蓮には行かないでほしいけど、でも、わたしは……。


「お願い事が、決まったかい?」


 サンタさんの言葉に、わたしは大きくうなずく。


「サンタさん、どうか、蓮が幸せになりますように」


 わたしがそういうと、サンタさんはやさしく笑った。

 それからおだやか口調で、こういう。


「君たちは、願い事が同じなんだね」


 朝になると、わたしはベッドで眠っていた。

 サンタさんはどこにもいない。


「夢かあ」


 そうつぶやいて、胸元を見るとペンダントが輝いている。


『お願い事は、必ず叶えるからね』


 そんな声が聞こえた気がした。


 ☆


「姉ちゃん、デート?」


 洗面所で髪の毛を結んでいると、弟がニヤニヤしながら聞いてくる。


「デートじゃないよ」

「姉ちゃんも高校一年生なんだし、彼氏の一人や二人いてもおかしくないって」

「やだなあもう。そんな言葉、どこで覚えてくるの?」  


 わたしが心配すると、弟は「おれ今日は、アヤカちゃんとデート」とうれしそうにいった。


「デート、かあ」


 わたしはそういうと、長く伸びた髪の毛をポニーテールにした。

 ふと、初デートを思い出す。

 蓮とのサンタ探し。


 彼が引っ越してからも、わたしたちはマメに連絡を取り合った。

 だけど、中学一年生の終わりに、蓮がこんなことをいった。


『好きな人ができたら、遠慮なくいえよ』


 その言葉に、わたしは蓮に新しく好きな人ができたんだと思った。 

 もう、わたしのことなんか好きじゃない。

 そう思うとショックで何もいえなかった。


 それをきっかけに、連絡の回数ががくんと減ったのだ。

 わたしは、ようやく蓮のことを好きだったことに気づいた。

 でも、もう遅かった。


 蓮に会いに行こうと思ったことは、数えきれないくらいにある。

 思ったけれど、蓮の引っ越し先は、中学生が簡単に行ける距離ではない。

 それに、わたしは願ったんだ。

 蓮の幸せを。

 それなら、このままでいることが蓮の幸せなんだろう。

 ううん。本当はちがう。

 蓮に突然会いに行って、迷惑がられたら……と考えると怖くて怖くてたまらなかっただけ。


 そして今日は、高校生になって初めてのクリスマス。

 そんな日にわたしは、こうしてオシャレをして出かけようとしている。

 でも、ワクワクしているわけじゃない。

 オシャレしてるのに、変な気分。

 鏡で全身をチェックして、わたしは気づいた。


「あっ」


 慌てて、部屋に戻って宝石箱からペンダントを取り出す。

 それから鏡で全身の最終チェック。

 胸元に光るのは、四つ葉のクローバーのペンダント。


 渾身のオシャレして向かった先は、五歩先。

 お隣の家だ。

 四年前とまったく変わっていない。

 まるで時が止まってしまったかのようだ。

 タイミングよく二階の一番隅の窓が開く。


「なんだ。今日はデートか」


 そういったのは、キリッとした目にちょっと無愛想な顔の男子。

 蓮だ。

 藤堂家は、三日前にこっちに戻って来た。

 お父さんが転職して、両親そろって在宅ワークになったとか。


 四年ぶりに会う蓮は、ずいぶんと見た目が変わっていた。

 イケメンに磨きがかかっている……。


「何か用か?」


 蓮の声は、なんだかやさしい。

 あの時の笑顔と、今の蓮の顔が重なる。

 うん、大丈夫。

 当時の面影はちゃんとある。

 わたしは勢いをつけるようにいった。


「ねえ、サンタ狩りに行かない?」


 途端に蓮は部屋の中に引っ込んでしまった。

 もしかして拒否された?

 そうだよね、もう他に好きな人できたよね。

 もしかしてもう、彼女もいるかも……。

 ってゆーか、高一女子に「サンタ狩りに行かない?」って誘われるって、引くよね?

 あれこれと不安になって、家に帰ろうとした時。

 ドタバタとものすごい音がして玄関のドアが開いた。

 蓮が姿を見せて、こういう。


「よし、行くぞ」

「いいの?」

「当ったり前だろ」

「でも、蓮、彼女できたんじゃないの?」

「はあ?! いつおれがそんなこといった?」

「好きな人できたらいえって、そういったじゃん」

「それは、新菜にいったんであって、おれのことじゃねえ」


 蓮はそこまでいうと、「ああもう!」とわたしの手をつかんだ。

 そして、わたしをまっすぐに見ていう。


「おれは一途なんだよ」

「それって……」

「幼稚園の頃から、ずっとな」

 

 蓮はそれだけいうと、わたしから目をそらした。

 わたしはうれしくて、蓮の手をそっと握り返す。 

 それから、ふたり並んで歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンタクロース狩り 花 千世子 @hanachoco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画