第10話 「幸運の一族の過去③」

 裁定者が語ったのはフォルトゥナという一族が存在してきた時間の全てだった。

 学校で詳しく学んだのはこの二百年間のことだけだった。それ以前の歴史について聞くのはこれが初めてだった。退屈なところもあったけれど、思ったよりも面白かった。

 物語の中では、最後にこの地を踏むことができた幸運な現在の家系に連なる人々も、不運にも滅びた家系の人々も含めて、様々な形でフォルトゥナの一族が活躍していた。

 一部には劇的すぎると感じるところもあり、そこは作り話を疑いたくなったが、老人たちの反応を見ると、そうでもないらしい。それなりに盛られているみたいだけど、だいたいは二百年前から変わっていない同じストーリーなのだ。


「リラ、君も大変だね。裁定者に目をつけられてしまうなんて」


 いつの間にか隣に来ていたマランドロ―― リラの獲得に名乗りを上げた長身の少年は穏やかに話す。


「別に。子供の世話だと思えば大したことないから」


 裁定者というものがどれほど強力な存在でも、今ここにいるのは結局、十歳程度の子供でしかないのだ。リラはそう思っていた。

 マランドロは微笑んだ。


「そういう君だから裁定者も君を選んだんだろう」


「それより、どういうつもり、マランドロ? 本当に私と結婚する気なの?」


「そのつもりだけど?」


「意味わかんないんだけど。マリオが私を何をしてでも屈服させたいのは知ってた。でもあんたはそうじゃないでしょ?」


「僕は告白したことあったんだけど」


「いつの話よ?」


「君が五歳の時だったかな」


 ほんと、いつのことだよ?

 全く覚えてないんだけど。


「本当にしたの? それにマランドロじゃマリオには勝てないよ。どんくさいもの。筋肉は地道な努力でふやせても、生まれ持ったセンスはどうにもならないでしょ」


「ひどいことを言う」


「事実でしょ」


「そうだね。認めるしかない。マリオには才能がある。負ける可能性は高い。でも、勝てる可能性がゼロという訳でもないと思っているんだ」


「期待せずにいるわ」


「ということは僕と結婚することが嫌ではないと考えてもいいのかな」


「マリオよりはまし、それだけ。でも勝ったら、あなたの子供の一人くらいなら育ててもいいわ」


「その言葉だけで勇気が湧いてくるよ」


「わかんないわね。最近は付き合いなんてなかったじゃない。一緒に遊んでたのなんて何年前の話よ?」


「それは、まあ、後で。勝ってから話すよ」


「聞く機会はなさそうね」


「……かもね。おっと、そろそろ裁定者が移動するみたいだよ」


 長い物語を終えた仮面の少年は、その後、個別の質問に付き合っていたが、どこかの家に呼ばれるようだった。


「ほんとだ。ごめん、ついていかないといけないから」


 リラは急いで少年の後を追いかけた。



 ◆◇◆◇◆◇



 裁定者の少年は広場のすぐ近くにある大きな家に入っていく。フォルトゥナの中でも有力な家系、トゥーラの本家邸宅だ。

 その門をくぐるのをリラは一瞬躊躇したが、護衛のフォルトゥナたちがついてくるように手招きしたので何とか足を踏み出すことができた。


「裁定者よ、この欠片のことをご存じでしょうか? 末代まで伝えるべき家宝と聞いてはいるのですが、一体何なのか、分からなくなってしまっているのです」


 階段を上がり、客間につくと、中で話し声がする。トゥーラの前当主がガラスケースの前で裁定者に話をしている。

 飾られていたのは錆びついた金属の欠片だ。丸みのある何かの一部のようだった。


「その欠片のことは知らないが…… 隣に飾られている布袋の中身でいいのか?」


「その通りです」


「持ち主に聞いたことがある。その袋に入っていたのはちょっとした思い出の品だ。セルトリウス将軍の装具の一部だと当時の持ち主は言っていた。フォルトゥナと名乗り始めるよりも前の一族が彼と共に戦った証だな」


「セルトリウスというと……」


「二千百年前のローマ出身ながら、イベリアの英雄になってしまった将軍だ。片目の傷を除けば穏和な顔立ちの地味な軍人という雰囲気だったが、一度話してみると頭の出来が違うとはっきり分かった。恵まれているとは言えない地方の騎士の生まれから、高位の官職にまで成り上がったほどの男だ。戦争でも活躍したようだが、平時の治政にも手腕を見せ、総督となったイベリアの民に対しても当時としては温情を持って接し、信望も厚かった。ただ、出身身分が低い、というか貴族ではなかったことと、当時のローマ二大派閥のうち負ける方についてしまったのが運の尽きという感じだったな。最後はローマに追い詰められ、仲間だったイベリア人に裏切られ暗殺されてしまった」


「ではこちらはどうでしょうか?」


 もう一人の老人、古き名家の一つ、ドゥラスの前当主が懐から取り出したのは細長い何か。木製の筒、箱だろうか。


「それはアクラレウケからフォルトゥナに加わった一党の誇り、バルカのハスドゥルバル将軍から賜ったという短剣だな。アクラレウケの当主の証で、常に当主が持つ決まりになっていた。まさか原型を留めてドゥラスが保管していたとは…… そうか、アクラレウケの最後の娘はドゥラスが保護したんだったか…… あいつめ、最後に託していたんだな」


「ハスドゥルバルとはどのような方だったでしょうか?」


「二千二百年前、セルトリウス将軍よりも百五十年ほど昔に生まれたカルタゴ人だ。カルタゴの猛将ハンニバルの義理の兄にあたる。俺自身は会ったことがないんで、あまりよく知らないんだが、苛烈さで名高い雷光のハミルカルの後継者しては、かなり穏健派の男で直接話をしたイベリアの領主たちは気に入っていたようだったな。ただ最後は結局、ケルトの奴隷に暗殺されてしまったと聞いている」


 何だか裏切られて暗殺された人ばかりだ。

 少年の言葉に老人たちはただ頷く。


「これは我々が持つ最も古く正体を広く知られていないものでした。やはり本物の裁定者なのですね」


「偽者の裁定者が現れると思っていたのか」


「私たちはそれだけ裁定者の再来を待ち望んでいたのです。希望は人の視野を狭めます。足をすくわれる可能性を考慮せずには行動できません」


「あの長話では足りなかったか」


「先ほどのお話も興味深いものでしたが、老人ならおおよそ知っていて、裁定者の証となるほどのものではありませんでした」


「そういうことなら納得できるまでテストを続けてくれ。これは本心から言うことだが、友人たちが大切にしたものが今も形を保っているのは嬉しいことだし、こうして思い出に浸るのもたまには悪くない」


「もう私たちはあなたを裁定者だと信じています。テストを続ける理由はありません。コレクションはもう少しありますが、そのようなことでお手を煩わせるつもりはありません」


 老人二人は深々と首を垂れる。

 少年は肩を揺らした。


「気にしないでいい。こんな姿だ。疑いたくなるのも無理はない。それに突然の来客には警戒してくれている方が俺も安心できる。……で、裁定者に相談があるのなら聞くが、どうする?」


「もう当主とは?」


「昨日会った」


「これからのご予定を伺っても?」


「しばらく滞在するつもりだ。大した予定は入っていないよ」


「そうですか。では改めて、席を用意いたしましょう」


 老人二人と別れ、仮面の少年は広場に戻ると、またしばらく誘いを受けては家々を訪ね歩いた。

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2025年1月10日 22:00
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永遠を生きる亡霊、友人の子孫を訪ねる 雨村 獏 @amemura

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