事務所の女神様(足元から愛を!)

Orisan

第1話 事務所の女神様(足元から愛を!) 一話完結

 その会社に入ったのは、建築系の学校を卒業してからだ。


「良くなったな。少しは慣れてきたようだ。そうだな、ここはもう少し詳しくな。」


 今時は設計図を書くのもPCだ。専用ソフトであるCADを使いこなせるようになるまで年単位でかかる。気が付けばそろそろ1年が経つ。


 そんなに大きな会社じゃないので、設計の部署の前の席は経理の部署だ。


 別に目の前の女の子の顔が見えるわけは・・・。見えるな。


 ただし、席を立っていたらちゃんと見えるが、座ってだと無理だ。


 ・・・・・


あきら君おはよう。」


「あ、かなでさん。おはよう。今日もきれいだね。」


「・・・。」


 いや、お世辞に聞こえるけど、ほんとにお世辞じゃない。

 何故か奏さんは苦笑いで黙ってしまうことが多いが、ストレートに褒められて返答に困るようだ。性格が真面目なんだろう。そんなところも好きなんだけど。


 なかなか真意が伝わらない。先日システム更新の為とか何とかで、社内の席の位置の調整があった。


 おれは憧れていた1年先輩の奏さんの前の席になって、心の中で伝説のポーズをとった。


 前の席だと挨拶はするようになる。しかし、どうも俺の性格が軽く見られるようで、毎日ほめているんだが、どう対応したものかと困らせている。


 結果、嫌われてはいないようだが、どうもギクシャクする。


 しかしなぁ。俺は俺だ。相手を不快にさせたくはないが、ちゃんと本音でほめてるんだ。信じてもらえる日が来るといいな。


「先日のシステムの更新に追加設備が入るようだ。少しだけ席ずらすぞ。」


 何!奏さんの正面だったのに、この会社には女神様はいないのかー!


 ・・・。


 30センチずれただけだった。セーフだ。ありがとう女神様。


 しかし、このずれで妙な事になった。どうやら俺と奏さんの机の下が一部開通したのだ。これは気になって他の机の下も少し見てみたんだけど、たまたま俺と奏さんの机だけ、足元の前板が外されていた。片方だけならいくつかあったから偶然みたいだ。


 この結果。・・・。


((トン。サッ。))


 社内では上履きにスリッパを履いているのだが、何かの拍子に足を伸ばす時ぐらいある。そこでたまたま当たることがある。これはほんとに無意識だ。本気でセクハラじゃない。


 その証拠に、何度が当たることがあっても、奏さんもつい足を伸ばすタイミングはあるようで、つい当たってしまうようだ。わかってたらやらない。


 お互いそのことはわかるので、申し訳ないなと心で謝罪しながらも、表面的には何も言わない。事故あつかいだな。


 流石におれもうれしいってことはない。相手が困っているのはわかる。女性だしな。

 かといって、改善の提案もしにくいし、何なら今までよく当たっていたってのもいいづらい。


 ・・・・・


 会社からの帰宅は徒歩だ。体を動かすのは気持ちいい。特に中学までは柔道部にいたし、高校から軽めの部へ移ったとはいえ本当は何か運動したかった。これは学校で奨学金を狙ってたからだ。


 残念ながらうちの家は貧乏子沢山。楽しい子供時代だったが、社会人になってアパートの一人暮らしがさびしい。おっと、これは話が違うな。


 とにかく毎日徒歩で、少し遠めのアパートまで歩く。


 とある日の帰宅中。


「だからちょっとでいいんだって。ほら、驕るからさ。な、そこの店なら外からもよく見えるし、大丈夫そうだろ。な。な。」


 おいおい、俺の(俺のじゃない)奏先輩をナンパとか、どうしてくれようか?


 ・・・。いや、最初から喧嘩腰だとその後の事も気になるな。うーん。よし。はじめは穏便に。


「先輩、ここにいたんすか。遅れてすみません。さ、急いでいきましょう。」


「え、あ。」


 どうやら本格的に困っていたようだが、見知った人が来て安心したようだ。


「ちっ。男いたのか。へ、おとなしそうな顔してやることはやってるってか。」


 何こいつ。俺の(俺のじゃない)奏先輩を侮辱するのか。


「あんただれよ。先輩を侮辱すると許さねえぞ。まるで遊んでいるみたいにいいやがって。あー。」


「な、なんでもねぇよ。もう、用はねえ。」


 男は俺が怒ったのをみて、さっさと逃げて行った。

 ちくしょう、謝罪の一言でもいいやがれ。


「昭君、大丈夫だから。落ち着いて。あ、その、ありがとう。ほんとに助かった。」


 聞けば何度か声をかけてくる奴だったみたいで、ほとんどストーカーだったらしい。


 奏先輩は気が弱いところがあるから、本気で悩んでたみたいだ。まあ直接手を出してくるところまではいってなかったらしいが。


「あいつ、奏さんを悪くいいやがって。しらないくせに。何をみて付きまとっていたんだ。たしかにきれいだけど、奏さんは真面目で、やさしくて、さりげなく気遣いができて・・・。」


「あ、昭君、もういいから、わかったから。」


 奏さん、今度は別の意味で困ってしまった。気のせいか、ちょっと顔赤い?


「そうすか。あ、確か奏さん駅へいくんだっけ?こんな事あったし駅までは送るよ。え、大丈夫だって、おれ元は体育会系で体動かすの大好きだから。


 え、あー何で設計やってるのかね。おれ、そんなイメージだったんだね。


 あはは・・・。ま、そこは嘘じゃないんでちょっと遠回りくらいなんてことないっすよ。まじ中学はガンガン柔道やってたよ。それでね・・・。」


 ・・・・・


あきら君おはよう。」


「あ、かなでさん。おはよう。今日もきれいだね。」


「・・・ありがと。」


「うん。」


 少し微笑んでくれるの。あーたまらないです。


 わかりやすく上機嫌になって仕事をする。


「昭ーおまえ何かいいことあったの。今日は上機嫌だな。それはいいけど仕事でミスは気をつけろよ。この間もとんでもないところでミスあっただろ。」


 ありゃ。浮かれすぎもよくないな。


「はい。了解です主任。ちょっと落ち着きますね。すーはー。」


 周囲はこいつしょうがないな―という目で見ているが、どうやら本人は気が付いていない。


 少し反省し、やや気落ちしながら仕事にかかる。


 ふと、つま先があたる。


(トン・・・。?)


 いつもなら二人共直ぐに当たった足を引くのだが、おれはちょっと離れがたくて、奏さんが引くまでそのままにした・・・んだが。


 二人共足を引かなかった。つま先が当たったまま。


 別にスリッパ越しなんだから体温がわかるとかそんなことはない。しかし、おれの気分は急上昇だ。


「昭ー気にするほどのことじゃない。大丈夫だぞ。元気出せよ。」


 主任はみんなの前でいう事じゃなかったなと反省してフォローする。


「うす。俺、今日は超元気っす!!」


「はあ?なんでそうなるんだ・・・。ほんとに元気そうだな。あー訳がわからん。ちくしょうこれが若さか、若さなのか。」


 主任は逆にショックを受けている。


 周囲が笑いにつつまれる中、正面から(くすっ)と声が聞こえた。


 


             おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

事務所の女神様(足元から愛を!) Orisan @orisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画