第3話(仮)
「どうして参加資格がないのでしょう?」
大会を主催するバイオ生体資源庁(農林水産バイオ省の外局)の応接室で、『私』は尋ねた。様々な生体が訪れる場所だからか、応接室は松にも優しい環境が整えられている。
「レギュレーションは確認した。遺伝子検査も通過している筈です」
「お問い合わせの件ですね。少々お待ちください」
担当者は、恐らくは蛸のバイオ改造を施された人間だった。複数本の触手で器用に端末を操作している。
通常、バイオ改造人類は、同じ技術を使った非人間バイオ存在に対しては微妙な態度のことが多いが。窓口の担当者は、いっそ不気味な程に優しかった。
「こちらは遺伝子由来ではなく、どちらかといえば法的な問題です」
「……法的、といいますと」
「通常の盆栽展では問題ないのですが……今回は事情が事情だけに、出展作の由来を様々な方法で確認しています。結果、貴方の作品経歴と記録の矛盾が見つかりました」
「何か書式に不備でも?」
出展書類は通常、作者が記載するが『私』の場合は自分で書いている。
書類仕事が得意とはお世辞にも言えないだけに、落ち度が無いとも言い切れない。待つのは得意なのだが。
「いいえ。履歴そのものに齟齬がある、ということです」
「いや……そんなことは……多分、ないと思いますが。確認できますか」
「では、失礼して伺いますが……貴方の作者に関する説明をお願いいたします」
「……作者は『私』を製造したものの、ヒト遺伝子導入罪で逮捕。他の余罪もあって、少なくとも原型を留めて出て来られるような判決ではなかった筈だ」
現在の刑法では、単純な禁固や懲役、罰金以外にも様々な刑罰が存在する。主にバイオ改造による社会奉仕や新技術の被験者などがそれにあたる。
「記録上では、あなたの作者は、その罪では逮捕されてはいません」
「なんですって?」
「盆栽に人間の遺伝子を組み込むのは違法ですが、人間に盆栽の遺伝子を組み込むことは禁止されていません」
慎重に、言葉を選びながらオクトパス担当者は続ける。
「つまり、貴方は法的に盆栽遺伝子を組み込まれた人間です。よって、今回のコンテストに出展される資格はありません」
「……そんな、まさか」
「法的には、少なくとも確実です。戸籍もあります」
テクノロジーの発達によって、とっくの昔に能力や性能によって人間と機械やバイオ存在を区分することは不可能になっていた。
履歴。法律。手続き。そういったものを最後の砦とするのが、現在の人類社会の辿り着いた合意である。
つまり、今という時代では、法的に人間なら外見がどれだけヒトからかけ離れていても人間なのだ。
「貴方の作者は、作者でもありません。逮捕されたのは不同意の遺伝子治療と、未成年者略取です」
「……つまり、『私』はどこからら攫われてきて、この身体に改造された、ということか?」
「断定はできませんが、恐らくは」
当然と言うべきか。作者……否、『私』を改造した犯人は既に故人だった。
他の関係者も、余程強度の高いバイオ改造していない限り、この世にはいないだろう。
全ては、100年以上前のこと。今さら何を言っても時が戻るわけではない。
しかし、まさか、自分が「人間っぽい盆栽」ではなく「盆栽っぽい人間」だったとは。
ああ、人間。
ヒト。ニンゲン。ジーナス・ホモ。
「人間か……」
事務所の庭。巨大なBSL-4植物温室の中で、『私』は黄昏ている。
温かみと、陽の光。
それらの与える光合成の安心感が、どうしようもなく自分が人間とは違う生き物なのだと突きつけてくる。
あの高次存在を笑えない。出る大会を間違えていたのは、まさか『私』もだなんて。
こんなことなら大バイオテクノロジー盆栽展ではなく、盆栽人間コンテストバイオテクノロジー部門にでも出場するべきだった。
「ここにおいででしたか」
声をかけてきたのは、いつぞやの依頼人だった。
「……防護服もなしか。この庭は、人間には危険すぎる」
BSL-4は伊達ではない。バイオ植物自体に危険はなくとも、どんな生態系が内部で構築されているのかは、『私』にすら解らない。
無論、生身の人間にどんな影響があるのかも。
「いいえ、大丈夫でしょう」
そのまま、彼はネクタイを緩め、スーツの上半身を脱いだ。
その下の皮膚……というよりも外装には光電インプラントの光る筋が無数に走り、沢山の製造QRコードが刻印されていた。
「私は、人間じゃないんですよ。高次存在と接触するために製造された、バイオインプラントの塊です。ヒトの遺伝子は組み込まれていますがね」
「君。名前はあるのか」
「『ハチ』といいます」
「鉢、か」
それはまた随分と盆栽向きの名前だ。
人間とはかけ離れた人間と、人間にしか見えない人でないもの。
「悪いが、ハチさん。今はコンテストどころじゃないんだ。まずは『私』のアイデンティティに整理をつける必要がある」
「いいえ。まだ、方法はあります」
依頼人。否、依頼者『ハチ』は口を開いた。
その先に続くのは、悪魔の囁きだった。
「貴方自身は出られずとも。貴方が、作者になればいい」
自分で、盆栽を作ればいいと。この男はそう言っているのだ。
松に盆栽が作れるのか? それ自体はできないことではない。ウメが使っているような植物用サイバネティクスを用いれば、作業そのものに支障はない。
盆栽づくりにかかる年月も、問題はない。『私』は、松に近い生き物だ。ヒト遺伝子の副作用を鑑みても、百年経とうと支障はあるまい。
故に、可能不可能の話ではない。
自分が、作らねばならないのか?
自分が、つくればいいのか?
自分は、できるのか?
「いや、できない」
内省と自問。
命を弄ぶ残酷を知っている。
その行く末を嫌と言う程解っている。
だが、それでも。「それでも」と叫ぶ声が、自分の中に微かにあることに気付いた。
「貴方にしか辿り着けない、理想の盆栽がある筈です」
理想の盆栽。
その願いは、確かに自分の内にある。
今までは、自分でそれを体現しなくてはならない、と思い込んでいた。
だが、それが無意識に視野を狭めていたのなら。それ以外の道があるのなら。
『私』は、ゆっくりと枝をもたげ、辺りを見まわした。
隔離壁で囲われたこの庭には、無数の命が蠢いている。
人によって不要と断じられたもの。危険と忌まれたもの。価値がありすぎると消されかけたもの。
それらが全て集い、一つの空間を成している。
この庭を、鉢に封じ込めたらどうだろうか?
テクノロジーの暴虐を。生命を弄ぶ残酷を。業と歴史の積み重ねを。
そして、それを越えて尚も輝く「美」を。ひとところに収めたら、何が生まれるのか?
その答えは。もう、手の届くところにあった。
《つづく》
盆栽コンテストバイオテクノロジー部門 碌星らせん @dddrill
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