第2話(仮)

「それで、『私』に何をしろと?」

「はい。地球オークション事件の件で……」


 ここは、郊外の古い木造一軒家を改装した事務所。今の『私』の住処だ。

 門前には『植木や』という木看板を掲げている。

 これは盆栽が「植木」を掲げる自分なりのパンクなのだが理解された試しはなく、庭木の剪定依頼が来るのが月に1回。『私』自身を売ってくれ、という依頼が3月に一度、といった様子。

 そんなところにやってきた依頼人。ダークスーツにサングラス姿の男。『私』には人間同士の区別などさしてつかないが、どことなく以前見かけた通訳の面影があるような気もする。


「ああ、その前に。ウメ、客人にお茶を」

『ハイ、ソチャデス』


 助手に雇った梅の盆栽が、カシャカシャと音をたてながら茶を運んでくる。

 『私』用の植物栄養剤も一緒に。気が利く良い子だ。

 ウメは遺伝子操作されていないため、旧式の植物コミュニケーションデバイスと植物用サイバネティクスを使用している。

 鉢植えが多脚の歩行機械で移動するのは、松が根歩きするのと比べても目を引くらしく、依頼人は何度かチラチラとウメの方を見ていた。

 ちなみにウメは女性らしい物腰だが、彼女(?)は雌しべの未発達な花をつける株である。


「接触のあった高次存在は、『星の価値は、如何に優れた嗣子を生み出せるかによって決まる。この星の価値を示せば、売却の件は考えよう』と」

「嗣子とは?」


 客人は出された茶に手もつけず、口を開いた。『私』は、栄養剤を鉢に差し込む枝を止めた。


「盆栽の嗣子は、当然、盆栽です」

「……なるほど」


 話が徐々に見えてきた。


「この星の価値を証明するため、先生に出場していただきたいのです。盆栽の頂点を決める戦い、『大宇宙盆栽コンテストバイオテクノロジー部門』に」

「…………『大バイオテクノロジー盆栽展』ではなく?」

「はい。新設の大会です。高次存在の要求に応えるべく、新たに立ち上がりました。勝手が違うかとは思いますが、何卒」


 新たな大会。新たな挑戦。

 嘗ては確かに幾度も品評会に挑み、敗れてきた。いつからかそれをしなくなったのは、己の限界を感じたのもある。だが、より端的に言えば。嫌気がさした、とも表現できる。

 『私』は身をよじり、庭の方を静かに向く。

 頑なさを見て取ったのか、依頼人もまた、庭をしばらく見つめて口を開いた。


「ご立派な庭ですね」

「そう見えますか」


 たぶん、お世辞だろう。この事務所の庭は、ほとんど無秩序な植物の集合体だ。

 あそこに植わっているのは、闇市場から救出した同胞だ。

 殆どが知性化こそされていないが、バイオテクノロジーを用いた盆栽たち。

 故に、この家は遺伝子汚染を防ぐため、BSL-4に準拠した隔離措置が施されている。


「はい。野性味に溢れているというか……」

「そう感じますか」


 そうだ。彼等の「生きたい」という欲求は本物だろう。

 生物を「改造」「品評」するというのは、当然、基準に満たないものの「廃棄」が発生するということだ。

 それを『私』は、僅かに救ったまで。人間が野良バイオ猫に餌付けをするような行為にすぎない。

 個体の生存がある程度無条件に許される生物は、この星では人間くらいのものだろう。それですら、まだ完全ではない。

 だから、人間と『私』の間には大きな隔たりがある。

 

「お話についてですが……お断りします」

「先生!」

「我々……否、『私』としては、地球がオークションにかけられようとさして構わない。人間は、私達をオークションにかけるだろう。順番が回ってきただけだ」

「しかし……!」

「それに、『私』は既に現役を退いた身。『私』が出張るまでもなく、この星には多くの優れた盆栽が居るでしょう」


 そこで『私』は言葉を切って、栄養剤を一服する。ウメも心配そうにこちらを向いている。


「そうですな。例えばあの、『あやめ』とか『もみじ』とかの人型盆栽とかはどうでしょう。良くは知りませんが」

「……彼女たちは、枯れました」

「枯れた? そんな馬鹿な。『私』なんぞよりよほど若い筈だ。非ヒト遺伝子導入型の最高傑作だぞ!!」


 よく知らない、などと韜晦したことも忘れ、思わず声を荒げてしまう。


「彼女達だけではありません。幾つものバイオ盆栽が、ここ数年で枯れています。バイオテクノロジー使用の植物を狙い撃ちにする、ナノマシンウィルス……『クサナギ』を使用した反企業テロです。人体には無害であるが故、先生と先生の施設は隔離措置により無事でしたが……」


 人体には無害。

 ……つまり。『私』を含めた、非合法のヒト遺伝子導入型には効果を発揮しづらい、ということだ。


「それに……ここに来て、確信しました。その枝ぶり。樹形。大きさ。研鑽は滞りないご様子」

「とんでもない」


 樹齢が増すほど価値が高まるのは、盆栽の常にすぎない。

 最後に大会に出てから数十年。格は確かに増しただろう。だが、それが何だというのだ。

 比較され、評価され、分かたれる。その循環に嫌気がさした。それが全てだった。


「答えは変わりません。お引き取りを」

「待ってください!」

『オマチクダサイ』


 依頼人は、『私』に追い縋る。ウメが言葉を発し、それで『私』は微かに歩みを止めた。


「……貴方は、50年前。高次存在と接触していた筈だ」

「今更、その責を問うと?」

「いいえ。貴方は、高次存在と一歩も退かずに渡り合い、あまつさえ退散させた。そんな盆栽は、この世のどこにもありはしません。かつて、祖母も語り草にしていました」


 依頼人。やはり、あの通訳の血縁者だったか。


「人と盆栽の間に立ち、高次存在に立ち向かい、この星を護るのは……貴方にしかできない」


 その言葉が。乾いた葉先に、微かに響いた。

 人と盆栽の在り方に、思うところはある。しかし、それで何もせず世捨て盆栽となるのは、違うのではないか。

 自分の枝ぶりが、世界を動かす一助になるならば。


「……わかりました。やってみましょう」

「先生!」



 申し込みは滞りなく行われ。暫し後に、書類審査の合否を報せる宇宙封筒が届いた。

 結果は……


『大会参加資格なし(カテゴリエラー:これは盆栽ではありません)』



《つづく》

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