無職探偵・人食い犬

大間九郎

第1話



 こんなことなら、一昨日の賭けサイファーに出てりゃ良かったとddは思い、手巻き煙草の巻紙の端を舌で横一文字に舐めた。


 静岡の山の中、今いる場所はそれしか分からない。


 簡単なバイトがあると中坊時代のツレに言われ、ひょこひょこついてきたら、超ハードな肉体労働、朝から夕方まで山を上ったり下りたりの地獄。昼飯すら出ねえし、周りはヤクザと半グレのオンパレード。ddは二日目に入ったこのバイトに嫌気がさし、こっそり山の中で手ごろな石に座り込み、作ったばかりの手巻き煙草に火をつけた。


「おいdd、サボるんじゃねえよ」


 人の群れからこっそり離れて座り込んでるddを目ざとく見つけた中坊時代からのツレ、虎雄は眉間に皺をよせ、脅すように睨みつける。


 虎雄はこの山中に似つかわしくない、切れるほどプレスがきいたスラックスに真っ白な長袖ワイシャツ、そのワイシャツから刺青が透けて見える。


「なあいつまで続けるんだよ、このハイキングは」


 タバコの煙を吐き出しながら、虫に刺された華奢な首をボリボリ搔いた。


「見つかるまでだ」


 虎雄は冷たく答えると、右手を差し出す。


 差し出された腕を掴みddは立ちあがり、つまらなそうに山の頂に向け、顔を上げた。


「どこに逃げちまったのかね、お犬様はよ」


 ddが駆り出されたバイトは山狩り。


 標的は人ではなく犬。


 それも人を一人食い殺した殺人犬だ。





◇◇◇◇





 ddは基本自分を物欲がない男だと思っている。酒はたしなむ程度だしさほど好きじゃない、ギャンブルもしない、肉も食わないし良い女を抱きたいとか良い服が着たいとかプレミアムなバッシュが欲しいとか思ったことがない。


 欲しいものは一つだけ、鼻くそほじって寝ころぶ毎日と、いや、二つか、ハーブだ。ラッパみたいに先が膨らんだふとまきの一本、これさえあれば何もいらない。


 後はブリりながら頭の中で音楽に乗せ、韻でも踏んでりゃ最高で、そのままお迎えが来てくれりゃ万々歳なわけだ。


 しかしハーブを買うには金が要り、ハーブを吸うには金が要る。


 同棲中のシャムは、


「ddはお金儲けの才は全くないじゃない? それどころかありとあらゆる才がないじゃない? でも私は知ってるの、あなたの才能、ddには溢れんばかりのヒモの才能があるの、ほら才能を発揮して見せてワンコちゃん、足の指を舐めな」


 と、金をせびると変態プレーを強要してくる。


 もう、足の指は舐めたくないddに、救いの手を差し伸べたのが、偏差値七十の高校を出て、赤門で学士様になったインテリヤクザの虎雄だった。


 虎雄とddは中坊のころ馬が合い、虎雄がヤクザになって疎遠だったがある事件をきっかけにまたつるむ様になっている。


 ヤクザや裏社会では、おかしな事件がおこる。


 密室殺人に、あり得ない場所からブツが消えたり。


 裏社会じゃ、警察に頼んで、現代的科学捜査をお願いするわけにゃいかない。警察に頼れないそんな事件は裏社会の中で解決しなきゃならない。


 そんな裏社会の中で、煌めく頭脳を使い、難事件を次々解決した名探偵として名を上げたのが、虎雄である。


 虎雄は裏社会のシャーロックであり、ポアロでありミスマーブルなのだ。


 まあ、その事件たちのほとんどを、冴えない、ナチュラルボーン倹約家であり、変態のヒモであり、ハーブ中毒者のddが解決していることを知る人物は、虎雄と、ddと、変態シャムの三人だけなのだが。 



 今回虎雄に呼び出され、連れてこられた先は山だった。



 あれ殺されるかコレ、とddは思った、ヤクザに黒いワンボックスにのせられ人里離れた山奥に連れてこられりゃ誰だってそう思う、が、今回は殺させずオレンジのベストを着せられ、もう二日も山狩りをさせられてる。


 二日目の夕方になり、これ以上は遭難者が出るため、山を下りる。


 ddの足は、この二日間のスパルタハイキングにより棒だ。


 山から下りて、偉そうなヤクザたちは車に乗り人里に下りビジネスホテルに行くらしいが、若手やヤクザが揃えた半グレやddのようなバイトたちは、近くの民家にぞろぞろと歩いて帰らせられる。


 泊まらせられている民家の外観は茶色のトタン張りで、艶消しシルバーのアルミサッシだけが異常に自己主張している。


 田舎独特の広い和室の畳はいつから変えていないのか分からないくらい茶色く枯れているが、そこ以外の部屋はごみ溜めみたいに汚く、ココしか寝る場所がない。


 ここの元住人は男の一人暮らしで、かたずけの習慣は都会においてきたらしい。


 キッチンも壊滅的だから飯も作れない、お湯すら庭で焚火して沸かした。


 風呂も壊滅的で、真っ黒にカビがオールスタンディングでレイブ中だ。あそこで裸になるなんて、男が好きなレイプ魔がパンパンに五十人詰め込まれた四畳半の部屋でケツの穴剥き出しにするみたいなもんだ。


 最低な居住空間に十人は突っ込まれてる。


 今なら同棲相手の変態シャム嬢の足の親指をちゅうちゅうしてもいいからここを抜け出したいとddは心から思っていた。


「ほら食え」


 虎雄は人里に下りてビジネスホテルに戻る前、ddに向かいコンビニのおにぎりが二つとミルクティーの紙パックが入った袋を手渡してくる。


「体が痒い」


「風呂に入れよdd」


「お前あの風呂見たか? あそこで裸になるほど、俺の前世は罪を犯しちゃいねえはずだ」


 虎雄はにやりと笑みを浮かべ、


「いや、そっちじゃねえよ」


 と言って、庭にある離れを指さした。


 離れの窓には太い鉄格子が中に見える。


「あそこはわんこ様のスイートルームだ、この家の中で一番清潔だぜ」


 虎雄に先導されddは離れの中に入る。離れの中は大きな檻があり、檻の中には何もいなかった。


 檻の入り口は開いていて、檻の中心の地面に、赤黒い血の跡が残っている。


「ここに住んでいたわんこ様の名前は黒龍号、有名な闘犬の大会を三連覇したキングオブキングさ」


 俺は檻の外にある綺麗にされている水場を確認すると、お湯も出るし、犬用だろうが、高級そうなシャンプーが並んでいた。


 水場の横にはアイスの冷凍庫みたいな、上からのぞき込む業務用冷凍庫が置いてあり、開くと、ギッシリとビニールに包まれた肉が詰まっている。


 水場の横にガスコンロ、その上に置いてある寸胴はきれいに洗ってある。


「黒龍号はあるお偉いさんの飼い犬でな、飼い犬って言ってもペットじゃない、戦わせるために飼ってる、まあ競馬馬みたいなもんだ。


 母屋をゴミの山にした奴は元ブリーダーで、お偉いさんの元で黒龍号のトレーナをやってたわけだ。


 そのころは良かっただろうさ、お偉いさんの豪邸に住み込みでよ、若集が飯から女まで世話してくれてよ、ワンコ様の保護者気取ってワガママも通ってよ、だが諸行無常、ワンコ様の現役引退と共に田舎暮らしよ、お偉いさんが引退したわんこ様には大自然で過ごして欲しいとか言い出してよ、こんな山奥にわんこと二人監禁生活だ、その上お偉いさんは週に一度、お犬様の状態をライブ配信で見せろってワガママぶりで、逃げ出すわけにもいかねえ、そりゃ、腐って家もゴミ屋敷になる」


 最初の二か月ほど回線トラブルでライブが繋がらなくてな、その時のお偉いさんの怒りっぷりはすごかったぜ、と、苦笑いを浮かべる虎雄。


 ddは檻の床の血痕をじっと見ている。


「もともとトレーナーは武闘派でよ、筋肉でダルマみたいにパンパンで、短気な男だったんだよ。


 みんなに嫌がられててよ。


 いい気味だって笑ってたが、


 あんな死に方はさすがに同情するぜ」


 全く同情していない顔でタバコに火をつける虎雄。


 ddは檻の中の血だまり跡を指さす。


「ここでわんこ様に殺されたのか?」


「そうさ、よく分かったな」


「ここには筋肉ダルマとわんこ様しかいなかった、殺されたのが筋肉ダルマなら、殺したのはわんこ様しかいないだろ」


「だな」


 虎雄は苦笑いする。


「で、この二日、俺らがやらされてる山狩りは、わんこ様捕まえて、筋肉ダルマの敵討ちか?」


 虎雄は苦笑いしながら、鼻で笑うと言う器用な芸を見せる。


「ちげえよ。


 お偉いさんは筋肉ダルマのことなんてどうでもいいんだとさ。


 だがわんこ様は違う。


 三連覇の大横綱だぜ。


 もう一度会いたいってよ。


 わんこ様には御咎めなしだ。


 だから今回は迷子探しみたいなもんさ」


「人喰い殺した猛獣だぜ?」


「お偉いさんはヤクザだぜ?」


 そう言うと、虎雄はタバコの吸い殻を踏み消し、人里に帰るため離れを出ていった。




◇◇◇◇


 


 夜、離れに越したddは犬用のシャワーで、犬用シャンプーを使い、さっぱり気持ちよくなってから虎雄がくれたおにぎりと紙パックのミルクティーを食し、寝袋に入って耳の穴にイヤフォンを突っ込む。


 四つ打ち、ループするサックスフォン、キック、スネア、キック、スネア、キックキックスネア、バス、バス、バス、バス。


 飼い犬、母音はあ・い・い・う、飼い犬、残さぬ、つまらぬ、撃ちぬく、染み入る、操る、薄れる、ア、ア、あと五分、あざける、憐れむ、ここにいる、腐り落ちる、あの夜、食われる、豚野郎、逃げ出す、飼い犬、走り出す、自由に、逃げ出す飼い犬、きこえぬ、レクイエム。


 ブワッと地面を這い外気がddの頬を叩く。


 目を開けると二人の人影が離れのドアを開けて入ってくるところだった。


「すいません」


 人影の一人が声をかけてくるので、ddはイヤフォンを引き抜き、体を起こす。


「電気、入り口の横」


「ああ、あざす」


 離れに光が灯る。


 入ってきたには男二人で、一人は坊主で、一人は金髪の短髪、二人ともぶかぶかのジャージを着ていて、二人とも金がないのだろうノーブランドだ。


「なに?」


「すいません、さっきシャワー浴びてましたよね、俺らも使っていいっすか?」


「シャンプー犬用でよければ」


 金髪とボウズは顔を見合わせ、困ったような顔をして、それでも体の不快感が勝っ

たようで犬用シャンプーでごしごし頭を洗った。


 金髪がシャワーのお礼だろう、缶ビールを出すが、ddは酒を好まないので気持ちだけいただいた。


 金髪とボウズは、この離れで寝てもいいかときいてきたので、俺の家じゃないからどうぞと答えると、喜んで毛布を持ってきて、お礼にチョコバーをくれたので、これは有難くいただいた。


 三人川の字で寝転がると、金髪が、


「ddさんて、虎雄さんの舎弟なんすよね?」


 と、きいてくる。


「ちがいます」


「え? でも特別待遇じゃないっすか」


「そうか? こんな山奥で強制ハイキングさせらて、イジメとしか思えないよ?」


「虎雄さん、ほら、誰も信じてないって感じで、孤高って言うか」


「社不なだけだろ」


「そこまで言う! マジで虎雄さんとどういう関係なんすか?」


「中学のツレ」


「仲良しなんすね」


「マジで、やめてよ」


 金髪は喋り上手で、三人は何気に盛り上がり、ddが寝落ちするまで、思いのほか楽しい夜を過ごした。





◇◇◇◇





 朝、虎雄が迎えに来て、ddはまたオレンジ色のベストを着て、いやいや山に入っていく。


 もう三日目で、ddの足は棒を超えて針金のようにぐにゃぐにゃで、一時間もしないうちにへたり込んで虚ろな目で空を見上げていた。


「たのむぜ、カッコだけでもいいから、探してるふりしてくれよ」


 へたり込んでるddの横で苦笑いをし、タバコに火をつける虎雄。

「なあ、なんで俺を連れてきたんだ?」


 ddは自分むきじゃないバイトに連れ出した虎雄への怒りが湧いてきた。


「いや、元はこんなはずじゃなかったんだ。


 筋肉ダルマの変死の犯人を捜すって話しだったんで、こりゃお前の仕事かと思ってな。


 でも探す違いでな、仕事は推理じゃなく捜索だったてわけだ」


 上目使いで虎雄を睨むdd。


「いや、悪いとは思ってるぜ、でも一度足突っ込んだら、途中でイモ引くわけにはいかねえ、最後まで付き合ってくれや」


「高くつくぜ」


「ああ、タイの最高級インディカがある。解禁前からじっくりやってる向こうの職人が手塩にかけて作った本物のメイドインタイランドだ。微笑みの国の意味が体でわかるぜ」


 虎雄が差し出す腕を掴み、ddが立ちあがる。と、虎雄のスマホが音を立てる。


「はい、はい、すぐ戻ります」


 電話を切った虎雄がddに顔を向ける。


「こっからお前にはつらいもん見ることになるが、我慢してくれ、ハーブはいくらでもくれたやるからな」


 と、有無を言わせない、暴力を背負う真剣な表情でそう言った。





 ◇◇◇◇




 

 筋肉ダルマのゴミ屋敷の前に裸に剥かれ、後ろ手で縛られた昨日金髪とddと一緒に川の字で寝たボウズが正座させられ、その周りを黒スーツのヤクザたちが囲んでいた。


 ヤクザとボウズの間に二つの青いビニールシート包まれた塊がある。


 一つのシートの塊から、金髪の頭がのぞいている。


 しこたま殴られたのだろう、体中は腫れているボウズの顔は、昨日とは全然違い打撲痕で風船みたいに膨らんでいる。


「遅れてすいません」


 虎雄は黒スーツのヤクザたちの輪に入っていく。


 ddは二体のビニールシートの塊をじっと見ている。


「このバカが、黒龍号をヤっちまった」


「どうしてそんなことに?」


「ツレが、見つけた黒龍号に首噛まれてよ、助けようとナイフでめった刺しよ」


 金髪がのぞく青いビニールシートが首を噛まれた死体。


 もう一つは黒龍号のものだろう。


 二つのビニールシートの大きさは変わらない。


「とりあえず、けじめをつけなくちゃならねえ、虎雄、お前も指ぐらい覚悟しとけよ、俺だってもう残り少ない指、飛ばさなきゃならねえ」


 黒スーツの一団の中で一番年かさのヤクザが、もう三本しかない左手の指をヒラヒラ振って見せる。


 虎雄は険しく眉間に皺を寄せている。


「とりあえず、こいつはここで殺して、筋肉ダルマと、ツレの死体と一緒に埋める、虎雄、カメラ廻せ、あとでオヤジに見せなきゃならねえ」


 虎雄はiPhoneのカメラを起動させ、険しい顔のまま顔の前に構える。


「それじゃ、できるだけ苦しまねえように、シャブ食わせてやれや、ツレを助けようとしたその根性は嫌いじゃねえ、楽に行かせてやろうや」


 年かさの男がそう言うと、注射器が用意され、ガリガリの男が、ライターでスプーンの上の結晶を溶かし出す。


 虎雄が構えるiPhoneの画面に、シャブを移さないように画角をパーンさせると、黒龍号のブルーシートを持ち上げ、中を覗き込んでいるddが映った。


「やめろdd!」


 怒鳴りつける虎雄の声を背で受けながら、じっと黒龍号の死体を覗き込むdd。


「お前までブチ殺されるぞdd!」


 声を荒げる虎雄に、ddは静かな声で、言った。


「こいつは黒龍号じゃねえ」


「なにいってんだジャンキーが! いいからこっち来い!!」


 虎雄はddの腕を掴み、強引に黒龍号の死体から引きはがす。


「お前はだまって見てろ!! 俺もここじゃ庇いきれねえんだよ!!」


 ddを怒鳴りつける虎雄に向かい、あくびでもしそうな顔でddは握手のヒロア差し出す。


「なんだ?」


「タイの最高級インディカ」


「なに言ってんだおめえ!?」


「虎雄、指、切る必要ねえぞこれ」


「は!?」


「いいから、ハーブだ、話しはそれからだ」


 話の通じないddをぶん殴って黙らそうと拳を振り上げる虎雄に、年かさの男が声をかけて制止する。


「おう兄ちゃん、指が飛ばない方法があるなら、おじさんにも教えてくれや」


 年かさの男は、ddに近づいてくる。


「つまんねえ話だと、お前の指も飛ぶけどな」


 年かさの男はそう言いながらddに肩を組む。


「大丈夫だ、誰の指も飛ばない」


 そう答えながら、ddは右手を虎雄に差し出す。


 虎雄はiPhoneのカメラを切り、胸のポケットから一本のハーブを取り出す。


 ハーブはラッパみたいに先が膨らんだふとまきで、ddはそれを受け取ると、鼻の下に当て、臭いを吸い込み、冬にションベンした後のように体を震わせた。


 肩を組んでいる年かさのヤクザが、金のライターを出し、ddが口に咥えたふとまきに火をつける。


 大きく吸い込み、鼻を手で押さえ息を止める。


 せき込むように紫煙を吐き出したddの目は酒で酔ったようにトロンと目じりを下げ、赤く充血する。


 頭の中で音楽が流れる。


 落とし前、お・お・い・あ・え、ギザギザで、変わり果て、困り果て、入り乱れ、切り刻め、おいらだけ、ミスをして、一人前、当たり前、小手調べ、わきまえて、生き絶え絶え、あきらめ、を、あきらめ、明日へ、書き換え、いつだって、マジだぜ、ゴリアテ、の、入れ替え。


「虎雄、黒龍号が三連覇したのはいつだ?」


「四年前だ」


「それじゃ、筋肉ダルマは、少なくともここに三年はいるんだな?」


「そうなるな」


「黒龍号が最初に優勝した時いくつだった?」


 虎雄が首をかしげる。


「六歳だな」


 年かさのヤクザが答える。


「おやじに自慢されたのを覚えてる、まだ若い、連覇だって夢じゃねえとな」


「なら、六歳から三連覇、八歳で引退、その後三年をこの山奥で過ごしたなら黒龍号は十一歳ってことになる。


 土佐闘犬の寿命は十歳から十二歳だ、つまり黒龍号が生きてたなら、よぼよぼの、死にかけのじいさんてわけだ。


 だがこの黒龍号を見てみるよ、毛並みだって艶々で、人を食い殺せるほど元気いっぱいだ。歯だって全部そろって、どう見ても働き盛りって感じだぜ」


「だが、オヤジは毎月ライブ配信で黒龍号を見てたはずだ、入れ替わってたらさすがに気がつくだろ?」


 年かさの男がddにきくと、


「いや、あったよな、ライブが繋がらなくなった時期が、ここに筋肉ダルマと黒龍号が越してきてすぐじゃねえかそれ?」


 と、ddは質問に質問で答える。


「お、おおう、確かにオヤジがブチ切れてたから、よく覚えてる、あれは三年前だ」


 年かさのヤクザがそう言うと、ddはまた大きくハーブを吸いこみ、機関車のように紫煙を吐き出す。


「二か月姿を見なくて、今まで生で見てたわんこをライブで、液晶越しに見るんだ、入れ替わってても気がつかなくても仕方がないさ、人間の視覚なんてそんなもんだ。


 三年前だったら黒龍号はまだ八歳、まだ現役感があったろうしな。


 そっくりな犬を連れてくりゃ、いくらでもごまかせると思うぜ」


「だが黒龍号は筋肉の鎧だったぜ、他の犬とかまるで違った、そっくりな犬をすぐに探し出せるもんかねえ」


「それは簡単だ、虎雄、世話係は筋肉ダルマだったんだよな?」


 ここまでじっときいていた虎雄が、ddの問いに答える。


「ああ、ムキムキで、腕なんてお前の太腿より太かったぜ」


「腹は?」


「腹もダルマだ、ぼっこり突き出てよ、それなのに腹筋もすげえんだ」


「そりゃアナボリックステロイドの副作用のバブルガット、内臓脂肪や肝臓の肥大で体はバキバキのマッチョなのに腹がダルマのように前に出る。海外のボディービルダーにはよくある症状だ。


 つまり筋肉ダルマはドーピングしてたわけだ。


 わんこだってドーピングさせりゃ、筋肉ダルマにできるだろ?


 この犬の死体な、さっき見たら、金玉が異常に縮んでやがる。


 これもステロイドの副作用の一つだ。


 この犬は、ドーピングして、見た目だけ黒龍号にされた哀れな替え玉さ」


「なんで筋肉ダルマはそんな替え玉を?」


「いや知らねえ、でも、黒龍号が死んじまったか、殺しちまったか、そんなとこじゃねえか? 黒龍号が死ねば自分が殺される、なら替え玉ぐらい用意するだろ? 普通に」


「つまり、最初から、黒龍号は死んでいた」


「そうだな」


「殺したのは、このボウズ頭じゃない」


「だな」


 ddはここまで話し終わると、地面に腰を下ろす。


 ブリッてきて、立っていられなくなったのだ。


 楽しそうにハーブを吸い、昨日もらったチョコバーをポケットから出す。


「いただくぜ」


 金髪の漏れる青いビニールシートにむかい、チョコバーを掲げた。





◇◇◇◇




 

 ddは肉を食べない。だから虎雄は精進料理の中華の店に連れ出し、個室で二人きり、飯を食わせた。


「高級店なんだぜ、もっとおいしそうに食べろよ」


 虎雄に苦笑いでそう言われるほど、ddはモサモサと高級精進中華料理を口に詰め込み、草食動物のように、モサモサと噛み砕いていた。


 酒はない。ddは好んで飲まないし、虎雄は車だからだ。


「黒龍号殺しは、筋肉ダルマが犯人てことで決着がついた」


 虎雄がそう言う。


「そりゃ最初からそうだからな」


 モサモサ口の中の料理を噛みながらddは答える。


「筋肉ダルマは三年前黒龍号を誤って殺し、その替え玉を黒龍号としてお偉いさんを騙していた。


 黒龍号の死体は、離れの冷蔵庫の底から出てきたよ。


 殺されそうだったボウズは、お偉いさんを騙し、人を食った、気が狂った犬を殺した勇者ってことで、お偉いさんからお褒めの言葉をいただいたそうだ」


 モサモサ料理を口に入れていたddは、口の中の食べ物を嚙み砕き、喉に通すと、


「よかったんじゃねえか」


 と、言った。


「だろ?」


 虎雄は苦笑いを浮かべる。


 虎雄は胸のポケットから金属でできた、煙草入れのケースを出す。


 真鍮でできた、そこそこ値が張りそうな品だ。


「今回は八本入ってる、俺の指を救ったボーナスだ」


 ケースをテーブルに滑らせ、立ち上がり、伝票をもって個室を出ていく虎雄。


「それじゃまた、名探偵」


「ああ」


 ddは金属のケースをズボンのポケットに入れ、またモサモサ、料理を口に突っ込んだ。


 人食い犬、い・お・う・い・い・う、ひっかき傷、理想と現実、性教育、テレキネシス、燃え上がる、涙のキス、浮足出す、やればできる、山を走る、人を食らう、切り裂かれる、人食い犬、人が作った、人食い犬。



「なにがボーナスだよ、安い指だぜ」



 ddは虎雄が出ていった扉にむかい唾を吐いた。


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無職探偵・人食い犬 大間九郎 @ooma960

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