鉄棒
秋犬
fetish
――鉄棒ってさあ、いいよな。
急に語り始めたそいつは、しこたま酒を飲んでいた。俺はそいつのことはよく知らない。確実に言えるのは、友達の友達というくらいだ。
当時バイト先で知り合ったろくでもない奴に誘われて、俺はよく1Kの狭い溜まり場に入り浸っていた。他にもいろんな奴らがいて、その場に誰かがいたら麻雀が始まったり映画鑑賞が始まったりした。相手の素性は特に気にせず、ただ家主の知り合いであれば好き勝手出入りできるような、そういう場所だった。
適当に駄弁ってる俺たちは「懐かしいな」「逆上がりできなくて悔しかった」など各々好き勝手に鉄棒の思い出を話し始めた。酔いの勢いもあって、くだらない話題ほど盛り上がる。
――別に俺が鉄棒するんじゃなくてさ、やらせるんだよ。女にさ。
そいつの言葉に俺たちは興味をそそられる。それからそいつは、こんな話をしてくれた。
***
……昔さあ、本当に昔。幼稚園児くらいの頃かな? 夕方に再放送でアニメとかやってて、俺はそれをぼーっと見てたんだ。それで、何のアニメだったかな、特撮だったかもしれない。ヒロインが出てきてさ、悪者にやられそうになって崖際まで追い詰められて、落とされるんだ。そこで途中にある棒になんとかしがみつくんだけど、なかなか助けが来ない。
ヒロインは一生懸命棒に捕まって耐えるんだけど、そこに悪役がやってきてヒロインを落とそうとするんだ。ヒロインも負けてなるものかって懸命に体をゆすって抵抗するんだけど、腕がどんどん痺れていって、それでとうとう落ちてしまう。もうダメだ、ってときに主役のヒーローが現れて落ちたヒロインを救い上げて、そして悪役を倒して終わり。めでたしめでたし。
その時はなんとなく見てたんだけど、その日から毎日俺は「落とされそうになっている女」の夢を見るようになった。必死で崖にしがみついて、助けてくれって俺に言うんだけど、俺はアニメの悪役みたいに女を落とそうとするんだ。そうすると女が必死で身をよじって抵抗する。それが見たくて、俺は女を更に追い詰める。そこでよく目が覚めた。年頃になったら、そのままパンツが濡れていた。ああ、そういうことかって俺は納得した。
宙吊りの女がとにかく好きだった。そうとわかったら俺はなるべく「そういう」シーンがあるアニメや特撮を集めた。縛られて吊るされているのもそれはそれで興奮するんだが、やっぱり女が自分の腕で体重を支えているほうが美しくてならない。
ああ、でも手枷だけで吊るされている奴は好きかもしれない。漫画とかだと普通にあるシーンだけど、あれは実際にやると手首に全体重がかかるから、ものすごく辛い拷問になる。手枷だけで吊るされている女のシーンで俺は何回抜いたかわからない。苦しくて、辛くて俺に助けを求めるんだけどそのほんの少しの望みを断ち切るように綱を揺らしてやる。そうすると苦悶に満ちた表情で女は体をよじるしかない。
そして、女はつま先で必死に本来あるはずの地面を探す。無駄につま先が空を切って、そこが虚しく足掻く女の一番美しい部分と言っていいかもしれない。反り返ったつま先が地面を探している、あの動作こそ宙吊りの醍醐味と言っていい。
そもそも、人間が宙に浮くわけがない。自然の摂理に反した状態にすることで、女は足掻きもがいて上半身も下半身もあらぬ動きをする。そこに俺は美を見出す。縄化粧されていると逆に興ざめする。予期せぬ事態で女は宙吊りされて抗ってほしい。そして俺の手の中で落下や首吊りの恐怖に怯えていてほしい。
なあ、男なら一度くらい女を吊るしたいって思うもんだろう?
***
そいつの隙間も隙間なフェチズムに、俺たちはドン引きした。その後、そいつはぶら下がり健康器具のメーカーの話を延々と繰り返した。真面目に聞いたら気分の悪くなりそうな話だった。俺たちをからかってそんなキモい話をしたのかとすら思えるほどだった。
しばらくして、そいつが不審死を遂げたという話を聞いた。詳しくは聞けなかったが、しばらく姿を見ないからと家に行ったら死んでいたとかいないとか。俺は咄嗟にぶら下がり健康器具のことを思い出したが、すぐにその可能性を打ち消した。
あいつは宙吊りの女を見たかったはずだ。まさか自分が宙吊りになることで女の気持ちを追体験しようとしていたなんて気持ち悪いことをするはずがない。更に自縛してそのまま逝っちまうなんて、ダサいこともするはずがないんだ。多分普通に心臓発作とか、そういう奴だろう。
そんなことがあってから、俺は鉄棒を見るたびにそいつのことを思い出さずにはいられなくなった。無邪気な小学生が鉄棒にぶら下がっているのを見ると、それだけであいつはどう思ったのかと少しだけ気になる。やっぱり興奮するんだろうか、それとも死の恐怖にかられるんだろうか。俺としては、あの世でも変わらず興奮していてほしいと思う。
<了>
鉄棒 秋犬 @Anoni
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