タネ拾い

@Teturo

タネ拾い



 カクヨムコンのお祭りも盛り上がって参りました。会社も年末の忙しい時期ですし、私生活でもバタバタしております。とても一からお話を作っている気力がありません。ですがせっかくのお祭りですので、私も参加させて頂きたく投稿します。


 カクヨムコンに載せられそうなエッセイを、私物のパソコン内で探してみました。ストックはお話が長すぎたり、リアル過ぎて実在の人物に迷惑をかけそうだったりして、上手く馴染みません。実は今、カクヨムコン長編小説の方で桜について考えています。そこで季節外れの桜のお話をさせて頂きます。

 前回、前々回のお祭りでは旅のお話を書いていました。今回は旅ではなく、出向先の思い出話を書いてみようと思います。


 幾つかのエッセイでカミングアウトした通り、私は伊集院光さんと同じ馬鹿高校を卒業しています。卒業後は、お先真っ暗な時期であり、当時やりたい事なども何一つ有りません。浪人しながらアルバイトなどをして腐っていました。それでも何とか地方私立大学に引っかかる事ができ、東京を離れることになります。


 何とか四年で馬鹿大学を卒業することができました。僕は東京に本社のある、小さな小さな食品会社に潜り込みます。しかし現実は甘くありません。これで東京で生活できると思っていたのに、いきなり埼玉の山奥にある工場勤務を命じられました。しかもガチの肉体労働で、配属された職場は筋肉隆々の戦闘的なオジサマばかり。


 口より先に手が出る今なら各種ハラスメントの、原理原則を全身に纏わせた方ばかりです。馬鹿学校に滑り込んだ私がいうのもアレですが、オジサマの中にゴリラのような外見と中身を併せ持ったの方がいらっしゃいました。

 彼は口で行動を指示することが苦手で、自分の思うように仕事が進まないと、すぐに臍を曲げてしまいます。ひょっとしたらゴリラの方が、紳士的かも知れません。

 上司にしたら最悪の彼を仮にG氏としましょう。別に本名を書いてもスマホも使わない、彼には伝わらないでしょうが、これは最低限のマナーというもの。皆さんお察しの通り、僕は彼の部下というか手下になって食品工場中を走ることになりました。


 でも頑張りました。難しい事を考えるより、身体を動かしていた方が性格に合っていたのでしょう。一年後には、しっかりオジサマたちの下僕になっていました。G氏も使いやすい手駒を飼い慣らすためでしょう。良く呑みに連れて行って下さったものです。


 そんなG氏は独身でした。理由は見た目と行動から推測されますが、ここでは深入りを避けさせて頂きます。そんな彼にお見合い話が舞い込み、トントン拍子でお話が進みました。そして見事にゴールイン。国際結婚をするために、ブラジルのご両親へ挨拶に行くことになりました。

 これでしばらくの間、頭の重しが外れると喜んだ僕。まぁ、何だかんだでお世話になっていますから、近所の神社で買った交通安全のお守りをプレゼントしました。

 お守りを暫く見つめていたG氏。無言で僕の頭を小突きます。それからどこかに消えてしまいました。


 そして転勤の辞令。なんと日本海側にある国立大学の研究室に出向です。


 小さな食品会社の工場勤務者達には、異例の案件です。そんな事とは知らない当時の僕は、ヘラヘラ笑っているだけでした。筋肉質なオジサマ達は心配して下さいます。打ち合わせと称する飲み会の席で、彼らに囲まれました。

「お前、馬鹿なのにそんな所に行って、やっていけるのか?」

 実に的を得た、直接的な心配です。

「使い物にならなくて馘首になったら、すぐこっちに帰ってくるから全然大丈夫っす」


 そう笑う僕を、いつまでも遺留してくださるG氏。ベロベロに酔っ払った僕を、アパートまで送ってくださり、こう宣いました。

「馬鹿なりに頑張れ。いつ戻って来てもいいからな」


 これで出向が失敗しても、戻るところが出来たという物です。家財道具を詰め込んだボロ車で、ソメイヨシノが咲き乱れる埼玉県の山奥を後にしました。



 転勤先は地方国立大学農学部に出向です。医学部まで併設されている、この学校は流石に僕の卒業した馬鹿学校とは違いました。何しろ学生の皆さん、お利口さんそうです。何でこんな所に僕がいるのか、ほとんど分かりません。


 しかし僕が紛れ込んだ研究室は汚れ仕事の多い、肉体労働を必要とする実験を多くしていました。例えば樹の幹に仕込んだ放射性同位元素が、どのように移動して行くのか、樹の根っこを全て掘り出すような研究です。

 この作業は同位元素の動きによって、葉から生成された栄養素やホルモンが、どのように地下部へ移動したかを調べるために行うのでした。(→ちょっと専門的すぎて面白くないかもしれません。この辺りは読み飛ばしていただいて結構です)

 

 文字で書くと簡単な事ですが、現実は全く異なります。放射性同意元素は根っ子の先端まで移動します。その定植してから十年も経過している果樹。もう結構な大木になっています。

 この大木の根っこを切らずに、全て掘り出すには作業員が三人いても一日では終わりません。ですから公務員試験などに精を出す学生さんは、色々な理由をつけて、フィールドワーク(ドレイ仕事と読み換えてください)から逃げ出すのです。


 難しい考え事より、身体を動かす事の方が得意な僕は、積極的にドレイ仕事に精を出しました。所属している研究室には指導員として、大先生(教授)、中先生(講師)、小先生(助手)の三先生がいます。

 暫くすると僕は大学院生と一緒に、ドレイ仕事を監督(作業員でもあるのですが)するようなポジションに着きました。まぁただ、その場に先生がいない時に、言われた事をこなす為の指示を行うくらいなんですが。


 その大学院生の中でK氏という男性がいました。僕と同い年でしたから一度大学を離れて再度、大学院に入り直したのでしょう。僕も二年目とは言え社会人です。そういう微妙な話題は、自分から話して貰うまで聞きませんでした(結局最後まで聞きませんでしたから、何故かは分かりませんでした)。


 彼はいつもニコニコして温厚であり、ジャーマンアイリスというアヤメ科の花卉植物の専門家でした。個人的に専門誌へ寄稿し、それが掲載される程の人物です。彼の研究領域は果樹の休眠(→生物の生活環における一時期で、生物の成長・発生過程や、動物の身体的な活動が一時的に休止するような時期のこと ……って教科書には説明がありましたが、本文とは関係ありません。これも読み飛ばして下さい)


 つまり学業が果樹の研究で、趣味が花卉植物の育成なのでした。農業研究の申し子の様な方でしたが、なぜか僕と気が合い研究室では行動を共にしていました。きっと陰キャで女性にモテないという、共通項があったからだと思います。


 そんなある日の事。


 大学構内にはソメイヨシノの樹が沢山植えられており、梅雨前に小さな実を付けます。僕は三・四年生や、手の空いている大学院生たちと一緒に、樹の下でセッセとその実を拾っていました。


 実は中のタネが大変貴重で、ソメイヨシノを増やす際の台木(接木って分かりますかね? クローンを作るのですが)作成のために欠かせない物なのでした。

 そのタネを一升瓶一杯溜めると、出入りの種苗会社が数万円で買って行きます。その代金は学生たちの呑み代になる筈も無く、研究室の貴重な研究費となる訳ですが……


 その国立大学には教育学部の附属小学校がありました。大学校内にある桜の並木路は、彼らの通学路です。厳しい受験戦争を切り抜けて来た、賢そうで育ちの良い彼ら。お揃いの制服が目に眩しいです。

 そんな彼らの一人が、連日のドレイ仕事で真っ黒に日焼けした、怪しいアンチャンたちを遠巻きに眺めています。そのうちその少年が、意を決して声をかけて来ました。


 そういう時、声がかかるのは決まって僕です。ヘラヘラしていて話しかけやすいんでしょうねぇ。アンチャンたちが何をしているのか、興味津々な御様子です。


「あ、あの。その実は食べられるんですか?」


 ソメイヨシノの実は小さいですけど、サンランボですから食べようと思えば食べられます。でも佐藤錦などの優良栽培品種とは異なり、食べられなくはありませんが相当渋いです。小さな子が口に入れて良い物では、決してありません。そこでチョット考えてから、研究のために集めていると話しました。←嘘ではありません。本当でもありませんが。


「何の研究の為に、そんな事をしているのですか?」


 質問の多いお子様です。研究室の偉い先生に命令されたからだと返答しました。彼はしばらく途方に暮れた表情を浮かべていましたが、ランドセルを降ろして僕たちと一緒に実を拾い始めました。

「手が汚れちゃうよ! そんな事しなくて良いから」

 ソメイヨシノの実は紫色をしており、果汁が衣服に染みると落とすのに一苦労です。指先だって暫く作業していると色が染み込んで、手を洗ったくらいでは綺麗になりません。

「でも手伝った方が、早く終わるでしょう?」


 何と素晴らしい少年でしょうか。こんな所でドレイ仕事をしている暇があれば、たくさん勉強して国際連合など地球を救うお仕事について頂きたい物です。思わず感心して、K氏にその旨を問いかけました。すると彼は肩を竦めて、返答しました。


「大丈夫。彼は普通の大人になります。地球を救う仕事には就かないでしょう」

「え? 何でそんな事が分かるの?」

「私を見て貰えば分かります」

 胸をそらすK氏。

「……全然分からないんですけど」

「良く見て下さい」

「……少しつむじの辺りの、髪の毛が薄くなっているかな?」


 勉強のし過ぎでしょうか。彼のつむじの周辺は、少し寂しくなり始めています。彼もそれを気にしていているようで、苦笑いをしながら僕を強めに叩くのでした。

「なぜ分かるかと、いうとですね……」


 実はK氏、附属小学校の卒業生だったのです。つまり少年の先輩なのでした。勉強のできる方は、かたまって生活しているんですねぇ。僕の周りには馬鹿しかいませんでしたけど。


 何とK氏も小学校時代、このタネ拾いを目撃し手伝った事があったのだそうです。

「そういう訳で、彼が地球を救う職業に就く可能性はゼロではありませんが、それほど高くないと思いますよ」


 僕が紛れ込んでいる研究室は、開闢以来何十年も経過しています。ですから十何年も前から毎年、同じ場所で同じ作業をしていたのでした。伝統って凄いですね。


 黙々とタネ拾いをする少年。彼が薄毛にならなければ良いな。K氏の肩越しに、ぼんやりと祈る僕でした。

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