ここが分からないから教えてくれる?
春野 セイ
ここが分からないから教えてくれる?
「ねえねえ、
「ん? あー、どれどれ」
クラスメートの
しおりが挟まれている本を開いて、ここだけど読めないの、といつものように聞いてくる。ん-? どれどれ? といつものことだが頼られるとやっぱりうれしくて、あーこれはね、と希和子はすらすら答えた。
すると決まって百花は、ふわふわした笑顔でにっこり笑う。
「あーっ。ありがとう。さすが希和子ちゃんだね」
そのまま席に戻るかと思いきや、希和子の前の子の椅子に座ってそのまま本を読みだした。
いや、そこ人の席なんだけどね、と思うのだが、前の席の子はどこかへ行っているらしく不在だし、まあ、いいか、と思う。
「希和子、ちょっといいかな……」
すると、椅子の後ろから
「あ、何?」
「あのね、映画の無料チケットをもらって……。無料チケットは希和子にあげるから、それで一緒に行かないかなと思って」
「映画?」
希和子の胸がドキンと跳ねた。
湖都が肩につく髪の先をいじりながら、もじもじしている。
湖都と映画なんて、めっちゃ嬉しい!
もう、嬉しすぎて映画のタイトルを聞くより先に、行く! と答えた。
映画は『豪華客船、ポセイドン号』と言うらしい。これだけでは何の内容か分からなかったが、湖都が誘ってくれるのなら何でもよかった。
「行く行く。チケットはいいよ、自分で買うから」
「そんな! ダメだよ。これ、使って。あとね、その日……」
「ねえ、これ、この漢字読めないの」
百花が焦ったように、希和子の目の前に本を広げた。
「あー、んん? どれどれ?」
百花の指さす本の活字を追いかける。
「あー、これはね、とっさにだよ。もう、百花、これくらいは読めた方がいいと思うよ。ていうか、持ってんでしょ、電子辞書」
「持ってるけど、希和子ちゃんに聞く方が早いの」
「あー、ま、いいけど」
「……じゃあ、希和子、スマホで詳しいことは後で連絡するね」
湖都がホッとしたような顔で希和子の肩を叩いて去って行った。
「あー、希和子ちゃんごめんね。二人で話していたのに」
「いいよ」
希和子の頭はすでに湖都と映画を見てから、どこへ行こうかなと考えていた。
渡されたチケットは、巨大ショッピングモールにある映画館のもので、あそこにはテナント数がかなりある。
確か、ケーキバイキングをしていることを思い出した。
希和子の頭は、映画の後にケーキと言う段取りが決まっていった。
もう、楽しみでウキウキしている。何を着て行こうかなと思いをはせた。
そして、日曜日の約束の映画の日。
希和子は、待ち合わせの映画館にクラスメートの
「あれ? 鈴原くんどうしてここにいるの?」
「いや、
二人の質問がかぶってしまい、どちらが先に答えるか迷っていると、雄大がああ、と息をついた。
「湖都と俺の映画の無料チケットがかぶっていたからさ、俺から映画に誘ったんだよ。多分、二人きりだから杜を誘ったんだな」
「あ、そうだったんだ。あ、そう言えば、湖都、何か言いかけてたな」
「あいつ、ひとこと言ってくれたらいいのにな」
「本当だよねー」
希和子はニコニコして言った。
「あ、この後、ケーキバイキングに行くからね」
先に、雄大の許可をもらっておこう。希和子はくぎを刺しておいた。
「ケーキか、まあ、いいぜ」
雄大の許可も取ったし、いいよね。
映画の席は指定席だった。自分の席は二人を挟んだ真ん中だ。
きっと湖都は、雄大と二人きりが気まずいから自分を誘ったので、
映画はめちゃくちゃ面白かった。
大晦日の夜、航海に出ていた豪華客船ポセイドン号が大津波によって引っくり返り、その船から生き残った乗客たちが脱出していくというスリラー・アドベンチャーストーリーだった。
映画は楽しくて、その後、予定通り湖都にもケーキバイキングに行かない? と誘った。雄大には先に伝えていたので、湖都は最初面食らっていたが、承諾してくれた。
ケーキも美味しくて希和子にとって最高の一日だった。
翌日、いつものようにホームルームも終わり、帰り支度をしていると、百花がやって来た。
「希和子ちゃん、一緒に帰ろ」
二人で校内を出る。百花とは最寄り駅も一緒だ。
「映画、どうだった?」
「え?」
「日曜日、希和子ちゃん映画だったんでしょ?」
「あ、うん。そう」
「楽しかった?」
「うん。すごい面白かった。映画の後、ケーキバイキング行ってさ。知ってた? 期間限定で今、あそこのケーキ屋さんでバイキングしてたの」
「知ってる。バイキングの話、わたしが前に言ったもん」
「えっ? そうだっけ? あ、そっか。ごめん、百花とも約束していたのにね」
「してないよ。それはいいよ」
百花がクスッと笑う。
「ケーキ何食べたの?」
「あ、あたしはチョコレートケーキばっか食ったな。鈴原くんは、バイキングなのに三つしか食べなかったけど」
「えっ? 鈴原くんって、雄大くん? な、なんで、雄大くんがいるの?」
「あ、なんか、湖都と一緒に映画の約束してたんだと」
「そ、そっか。二人じゃなかったんだ……。じゃあ希和子ちゃん、ちょっと肩身が狭かったんじゃない?」
「ん? どして?」
「だって、本当は二人で観るはずだったんじゃないかな」
「でも、湖都に誘われたんだよ」
「それは、たぶん二人きりが恥ずかしかったのかも」
「だから、あたしがいたんじゃん」
百花の足が止まった。
「私だったら、希和子ちゃんと映画もケーキも二人だけの方がいいな。だから、一緒に行きたいって言わなかったんだ」
「え?」
希和子はその言葉を聞いて、少し空をあおいでから下唇を噛んだ。
「……あたしは邪魔だったってこと?」
百花はハッとして、希和子の手をとっさにつかんだ。
「違うよっ」
「……え?」
「違うよ。そういう意味じゃない。だって、希和子ちゃん気づいていないの?」
「え? 気づくって何を?」
「希和子ちゃん、湖都ちゃんのこと……好きなんでしょ?」
百花の言葉に息が止まりそうになった。
「……え?」
「つらかったんじゃないの?」
湖都に映画に誘われて有頂天になっていた。
二人きりだと思っていたら雄大がいて、楽しみにしていたケーキバイキングはたくさん食べたけど、あんまり選んでいる余裕はなかった。
ただ、チョコレートケーキばかり目がいった。
湖都が食べたケーキも雄大が何をしゃべっていたかも、よく覚えていない。
「ごめんね、あっ、ごめんね。希和子ちゃん。泣かないで」
希和子はいつの間にか地面を向いていて、目が熱くなって涙が零れていた。
「あたし、湖都に映画に誘われてすごく嬉しかった。二人きりだと思ったんだけど、そうじゃなくて……」
「うん……」
「一瞬、帰ろっかなとも思ったけど、湖都がせっかく誘ってくれたし、突然帰るなんて言って二人を嫌な思いにさせたくなかった……」
「うん……」
「あたし……湖都のことが好きだった……」
気が付けば、なぜか百花も一緒に泣いていた。百花が希和子の手を握った。
「帰ろ、希和子ちゃん」
駅まで二人で一緒に手をつないで歩いた。
次の日、またいつもの日常。
教室の自分の席でぼんやりと座っていると、休み時間に百花がやって来た。
「ねえ、希和子ちゃん」
百花がもっと重そうな本を抱えて持ってきた。
「この部分、読めないんだけど」
ふう、と小柄な体にしては大きめの本を持って希和子の机にどしんと置くと、百花はいつものように、ニコッと笑った。
終わり
ここが分からないから教えてくれる? 春野 セイ @harunosei
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