⛄ブラジルに降る雪⛄

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

オレは12月の雪が嫌いだ。

 竜王の温泉旅館に泊まって三日目の朝、あたり一面うっすらとではあるが雪が積もり雪景色となっていた。オレはここに泊まったことを少しだけ後悔した。


 オレは前世の記憶がある。


 前世でオレは土岐頼芸ときよりのりという美濃みのの守護大名だった。そしてオレが心から愛していたひと狡猾こうかつな家臣の裏切りで、12月の雪の日に子供を身ごもったままオレから奪われた。


 生まれ変わったこの時代でも、12月に雪を見ればあの日のことを思い出す。だからオレは12月の雪は嫌いだ。


「サブロウ先生! こんなにいっぱいの雪ですよ!」


 オレの彼女は雪を目にして興奮して走り回っている。駐車場に積もった新雪の上に足跡を残すのが楽しくて仕方がないらしい、南国ブラジルで生まれた彼女にとって、雪は物珍しいのだろう。身長187㎝の彼女だが幼い子供のようにはしゃいでいるのが微笑ましい。


「ヨシノ、そんな薄着で外に出ていると、風邪をひくぞ!」


「はーい」


 素直に戻り、手袋をはめてコートを着てくれたのでほっとする。


「サブロウ先生、雪だるまを作りましょう! かわいい雪だるまを!」


 うっすらとしか積もっていない雪を集めて雪合戦の玉よりも少し大き目な雪玉をいくつか作り、旅館の庭にある大きな庭石の上に載せてくっつけて、ああでもない、こうでもないとなにやら熱中して形を整えている。


「ヨシノは本当に雪が好きだな。やっぱりブラジルじゃ雪なんて見られないからかな」


「むう。ちょっと、サブロウ先生! それは聞き捨てならないですね」


 ヨシノがほほをぷっと膨らませ、雪だるまづくりを中止して、腕を前に組んでこちらを見下ろしてくる。オレの身長は165㎝だから真正面に向かい合って立つと、どうしても見下されてしまう。


「うん? オレ、なにか間違ったことを言ったか?」


「ちっちっち。サブロウ先生ともあろう方が迂闊うかつでしたねえ。認識不足ですよ」


「いったいなんのことだかわからないぞ」


「どジャアァぁぁぁ〜ン。ブラジルにだって雪は降るのですよ」


「おい、なに言っているんだ? 冗談だろ?」


「冗談ではないんだなぁ、これが。ちょっと待ってくださいね。ほら! 私が子供の頃の写真です!」


 そう言うとヨシノはスマホを操作して画面にある写真を表示させた。


 あたり一面雪景色の中、まだ小学生くらいのヨシノが小さな不格好な雪だるまを両手に持っている写真だった。こんなに子供のころからヨシノはやはり目鼻立ちが整って愛嬌がある。はっきり言ってむちゃくちゃかわいい。


「たしかにこの子はヨシノのようだが、ここは本当にブラジルなのか?」


「疑り深いですね。いいですか、サブロウ先生、ブラジルはすっごく広いんですよ! 南半球だから南に行くほど涼しいし、山もあります。この写真はサンタ・カタリーナ州のサン・ジョアキン市です。サンタ・カタリーナ州はリンゴの産地です。そしてココ、サン・ジョアキン付近は、ほぼ毎年6月から8月ごろに5日から7日ほどの間ですが、ちょびっと雪が降るので有名なんです。日本が夏休みの8月がいちばん降りやすいんですよ」


 これにはさすがの俺も驚いた。ブラジルと言えば熱帯でアマゾンのイメージが強いせいか、本当に雪が降るだなんて思ってもみなかった。ヨシノがどや顔で微笑んでいやがる。悔しい。


「参った。知らなかったよ。降参だ。ブラジルにも雪が降るんだな。意外過ぎて本当に驚いたよ」


「よし、サブロウ先生を参らせました! いつか、いっしょにブラジルに行って雪だるまを作りましょう!」


 ヨシノはくるりと向きを変えると再び小さな雪だるまを作り始めた。そしてしれっとオレに嫌なことを聞いてきやがった。


「サブロウ先生って雪は嫌いですか」


「どうしてそんなことを思った?」


「雪景色を見てたとき、サブロウ先生は悲しそうな顔をしていたから」


「そうか」


「わたしは雪は好きですよ」


「言わんでも見てたらわかる」


「わたしにも雪には嫌な思い出もありますけど、すてきな思い出もありますから。ほら、できました」


 ヨシノが妙な形の雪だるまをオレに見せた。くちばしや翼がある。


「この雪だるま、トリなのか? なんのトリだ?」


「先生忘れたんですか? たかですよ、たか!」


「あ!」


「思い出しましたか? 昔作ってくれましたよね、たかの雪だるまを」


 前世でオレは愛する深芳野みよしののために雪だるまを作ってやったことがあった。ただの雪だるまだけじゃつまらないと、得意の鷹の絵の姿かたちに似せた雪だるまを作ったら、深芳野みよしのはすごい、すごいと大はしゃぎで、手を叩いて大喜びしていた。


 ヨシノもオレと同様に前世のことを、自分が深芳野みよしのだった時のことを覚えているのだ。


「子供のときはむずかしくってまだたかの形には作ろうとしても全然作れなかったけど」


「そうか」


「いつか、いっしょにたかの雪だるまをつくれたらいいなって、ブラジルにいたときから、ううん。もっと昔から思っていたんですよ」


「すまん」


「わたしはもう大丈夫。だから、もう、そんな顔をしないでください」


 オレはヨシノの顔をまともに見ることができないで明後日の方をみていた。


 ふとヨシノのかおりが近くなる。オレは後ろからヨシノに抱きしめられた。


「サブロウ先生、もう大丈夫でしょう?」


「ああ」


「だったら、もっと胸を張ってしゃきっとして、いつものように余裕綽々しゃくしゃくで悪だくみをしているような顔を見せてください! 投げっぱなしジャーマンで活を入れてあげましょうか?」


 そう言うとヨシノは後ろからおれを抱えて担ぎ上げた。


「おい、放せ、やめろ! ヒトをなんだと思ってる! これっぽっちの雪でそんなことをされたら、死んでしまう!」


「冗談ですよ」


 ヨシノはオレをストンとおろすと、オレの身体に強制的に回れ右をさせて、すっかり冷たくなった両手でオレの顔をはさむと唇を重ねてきた。


「……おい」


「雪には罪はないのですから、嫌な思い出なんか、こうやって素敵な思い出でどんどん上書きしていきましょう、サブロウ先生!」


「……そうだな、それがいいな。雪の上で思い切り遊んで、いい思い出も作らないとな」


「そういうことです」


「ところでヨシノ。あの雪だるまだが、お前はたかだと言ったな」


「そうですよ! りっぱなたかです!」


「おれにはどうひいき目に見ても、たかじゃなくて、徳川とくがわ家光いえみつのフクロウだかミミズクにしか見えんのだが」


「え? それってどんな?」


「こんなの」


 オレはスマホで画像を検索してヨシノに見せた。


「サブロウ先生! ひどい!」


「ぶふっ!」


 ヨシノが怒って投げた雪玉が見事に顔面に命中した。


「負けるか!」


 オレもヨシノに向けて雪玉を投げる。


「甘いです!」


 早朝の温泉旅館の前の路上で大の大人ふたりの雪合戦が始まった。


 たしかに、こんな風に12月の雪の日を楽しい思い出に上書きするのも悪くない。


 そして、8月にブラジルに行って皆とたかの雪だるまを作るのも悪くない。8月にブラジルで雪だるまだぞ、根性曲がりのオレらしくてすてきじゃないか! よし、そうしよう。


 オレはヨシノに狙いを定めて大きく振りかぶった。









おわり

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⛄ブラジルに降る雪⛄ 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

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