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 ◇◇


 アメリアは朝からうきうきしていた。

 二ヶ月程前に頼んだ新しいドレスが、やっと完成したと連絡があったのだ。


 噂のせいもあってパーティーに呼ばれることは滅多にないけれど、ドレスで着飾った姿を見るとなんだか違う自分になれた気がするから。


 着る機会なんてエマとのお出かけかお茶会ぐらいだけどいつも大袈裟なまでに褒めてくれるから、アメリアもそこは素直に受け取るようにしていた。



 「アマンダ、早く行くわよ」

 「はい」



 わざわざアメリアが行かなくとも、アマンダや他の使用人が受け取りに行けばいいのかもしれない。けれど、アメリアは真っ先に自分の目で新しいドレスの出来を確かめたかった。


 いつもより早く目が覚めたアメリアは、アマンダを急かしながら馬車に乗り込んだ。


 街の仕立て屋はもう何度もオーダーメイドでドレスを作ってもらった、信頼のできるお店。


 アメリアが普段着るものは、ピンクや赤の暖色系ばかり。今回は初めて仕立て屋に似合うと勧められた水色にしてみたのだ。


 期待に胸を弾ませて、仕立て屋の重厚なドアを開ければ、カランカランとドアについたベルが鳴る。


 デスクの前に腰掛けて、型紙を作成していた初老の男性がズレた眼鏡を直しながら顔を上げた。



 「ああ、アメリア様、お待ちしておりました。今用意いたしますね」

 「はい、ありがとうございます」



 アメリアを見てにこっと笑った品のある仕立て屋は、奥に引っ込むと大事そうにドレスを抱えて戻ってきた。



 「まぁ、素敵」



 アマンダがそんな声を漏らす。ベールに隠した瞳をキラキラさせて、頬を上気させた。



 「細かいところを直すので、一度着てみますか?」



 助手を務める仕立て屋の奥さんが、ふわふわと嬉しそうなアメリアに声をかける。その提案にこくりと頷くと、アメリアは試着室に向かった。


 アマンダに手伝ってもらいながら新しいドレスに袖を通していると、カランカランとベルの音が聞こえてきた。


 他のお客さんと鉢合わせるのは気まずい。

 

 しかし、常に時間に追われている忙しい仕立て屋と奥さんのためにも、ここでぐずぐずしているのは申し訳ない。


 着替え終えたアメリアがおずおずと試着室から顔を出すと、すぐに気がついた奥さんが「まぁまぁ」と嬉しそうに近づいてくる。


 アメリアが開けられずにいたドアを引っ張ると、その姿を上から下までじっくりと観察して頷いた。



 「すごくお似合いだわ」



 初めての挑戦である寒色系。自分に似合うのか不安だったアメリアは、開口一番にそう言ってもらって胸を撫で下ろす。


 ホッと息を吐くアメリアに、じいっと突き刺さる視線。


 そんなに見られたらさすがに無視するわけにもいかなくて、アメリアがデスクの方を向くと、真顔でこちらを見つめるルーカスの姿があった。



 (どうして、彼がここに……)


 ぶわっと熱くなる頬。こんなところを見られるなんて、恥ずかしい。


 まだ手直しが済んでいないとはいえ、初めて見せる相手がルーカスになるとは思ってもいなくてドキドキが止まらない。



 (似合わないって思われていたら、どうしよう……)


 不安がぐるぐると巡る頭の中で、新たに疑問が湧いてくる。



 (そもそも挨拶をするべきかしら。彼も目的があってここに来たのだから、見て見ぬふりをするのが良いかしら。でも、しっかり見られているのだから、無視する方が失礼よね……)


 こういう時、どんな行動をとるのが正解かわからなくて固まってしまうアメリアを他所に、ルーカスは仕立て屋に断りを入れるとアメリアの前までやってきた。



 「アメリア様、こんにちは」

 「……こんにちは」

 「まさかこんなところで会えるなんて。どんなアメリア様もお綺麗ですが、今日は一層素敵で驚きました」

 「ありがとうございます……」



 真っ向から褒められて、もごもごと言葉に詰まってしまう。そんな姿でさえも目に焼き付けようとしているのか、まっすぐに視線を送ってくるルーカス。


 彼のことを寡黙だと言ったのは誰だろう。前よりも遠慮がなくなっているような気がするのは、果たして気のせいなのか……。

 


 「新しいドレスを着た姿を一番に見られて光栄に思います」

 「そんな大層なものじゃありません」

 「貴女の貴重な初めて……ゴホン、いえ、とにかく貴女に一目でも会えてよかったです。では、私はこの辺で」



 何を考えたのか、頬を少し染めたルーカス。

 

 アメリアが首を傾げている間に、彼はそのまま仕立て屋に一言声をかけると、足早に店を出ていってしまった。



 「アメリア様、どうぞこちらに」

 「……」

 「アメリア様?」

 「あ、はい」



 その後ろ姿をぽーっと見つめていたアメリアは、仕立て屋に声をかけられて慌てて返事をするのであった。


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