壁に耳あり、障子に目あり

1

 その日、読書が趣味のアメリアはアマンダと共に国立図書館に足を運んでいた。


 最近恋愛ものの小説が流行っていると小耳に挟んで興味を持ったけれど、自分で買うのはなんだか気恥ずかしくて、一度どんなものかだけでも見てみようと思って探しに来たのだ。


 さすがは国立図書館。所蔵している本は数え切れないほど。棚の上から下までびっちりと本で埋まっている。


 何百年もの歴史を持つ本もあるけれど、どれもきちんと手入れされていることがよく分かる。


 静かで穏やかな図書館特有の雰囲気が、アメリアは好きだった。



 「アマンダ、私は上を見てくるわ」

 「かしこまりました」



 このままだと日が暮れてしまうからと、手分けして探すことに決めた二人。


 アメリアは四階まで階段を上る。デスクで読書に耽る老人が数人いるぐらいで、あまり人はいなかった。



 (あ、)


 物音を立てないようにしながら本棚の間を見て回っていると、元々探していたものとは違う、少し気になる背表紙を見つけてしまった。


 図書館はこんな風に新たな出会いがあって、とても楽しい空間なのだけど……。



 (うーん……届かない……)


 背伸びをして必死に手を伸ばすけれど、背の低いアメリアではなかなか届きそうにない。


 職員さんを呼んできて取ってもらうこともできるけれど、忙しそうな彼らの手を煩わせるのは気が引ける。



 (しかたないわ……)


 諦めようと手を下ろしかけた時、背後から手を伸ばした人がアメリアの代わりにその本を棚から抜き取った。


 突然背中に感じる鍛えられた男性の気配に、アメリアは身を竦める。


 まるで後ろから抱き締められているような。誰なのかわからないのが怖くて、恥ずかしい。


 アメリアが固まっていると、背後の彼は静まり返った空間に配慮したのか、ひそひそと彼女の耳元で囁いた。



 「欲しかったのはこちらですか?」



 思わず漏れそうになった悲鳴を咄嗟に抑えたことを褒めてほしい。


アメリアの目の前には、本を差し出すルーカスの姿があった。



 「あ、ありがとうございます……」



 小さな声でお礼を言って、アメリアはおずおずとそれを受け取った。

 

 もう会えないと思っていた相手に早々に遭遇することになってしまい、ルーカスの目を見ることができない。


 たとえベール越しだとしても、彼の瞳にまっすぐ見つめられると心臓が飛び跳ねて、胸の奥が疼いてしまうから。



 「それでは私はこれで……」



 本をぎゅっと抱きしめて火照った顔を隠そうとする姿を満足そうに眺めたルーカスは、丁寧にお辞儀をすると階段を降りていった。



 (他の階に用事があったのかしら)


 もしかすると五階から降りてくる途中、必死に手を伸ばすアメリアをたまたま見つけて助けてくれたのかもしれない。


 『貴方の気持ち、気づいてますか? 〜運命の人と幸せになる方法〜』


 こんな胡散臭い本に興味があるのだと、ルーカスにそう思われてしまったかもしれない。

 

 アメリアがそのことに気がつき、どうしようもなく慌てふためくのは、彼が立ち去ってすぐのことだった。


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