3

 約束の時間通り、待ち合わせ場所の時計広場に到着したアメリアは、エマはどこかしら? と辺りをきょろきょろと見回す。



 「アメリア、こっちよ!」



 すると、先に到着していたエマが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらよく通る声で名前を呼んだ。


 今日は執事を連れてきていないらしい。



 (きっとエマの執事がいたら、淑女らしくないって叱っていたに違いないわ)



 無邪気な親友の姿を視界に入れたアメリアは、アマンダとくすりと笑いあった。


 いつも変わらないエマの底抜けの明るさ。


 アメリアがどれだけ彼女に救われているか、当の本人はきっと考えたこともないだろう。


 駆け寄りたい気持ちを抑え、お淑やかなレディを演じるようにエマの元まで歩みを進めると、アメリアはほっと息を吐いた。



 「昨日からずっと楽しみにしてたのよ、早く行きましょう」

 「ふふ、そうね。エマがそこまで言うんだもの、私も楽しみだわ」



 仲のいい二人は楽しそうに笑い合いながら、女性客で賑わうカフェに入っていった。


 入口近くのショーケースには、まるで芸術作品のように綺麗に飾り付けられた色とりどりのケーキがずらっと列を成している。


 真っ赤な苺が乗った生クリームたっぷりのケーキが一番人気で、その隣にどっしり構えるチョコレートケーキも美味しそう。フルーツたっぷりのタルトは、ツヤツヤにお化粧されていて一際目を引く。


 見ているだけでワクワクする。


 席に案内されてメニューを眺めるけれど、アメリアもエマも優柔不断でなかなか決めることができない。



 「あぁ、もう全部食べた〜い」

 「太るわよ」

 「わかってるわよ。エイミーったら、いつからそんな意地悪言うようになったのかしら」



 やれやれと首を傾げて、お姉さんぶっているエマは放っておいて、アメリアはメニューをぺらぺらと捲り、さっさとどれにするか決めてしまう。



 「よし、決めたわ」

 「えー、早いよ! もうちょっと悩ませて」

 「はいはい、ごゆっくりどうぞ」



 まるで姉妹のようなやりとりに、アマンダがにこにこと嬉しそうに微笑む。



 (お嬢様が楽しそうで何よりです)


 一時期はこの先どうなることかと不安になるぐらい人を寄せ付けず、深く傷ついたことのあるアメリアを最も近くで見てきたからこそ、彼女が楽しそうに過ごしていることがアマンダにとっては涙を浮かべるほど嬉しかった。


 長年面倒を見てきた彼女は、誰よりもアメリアの幸せを願っていた。


 そんなアマンダにアメリアは声をかける。



 「アマンダも決まったの?」

 「私は……、」

 「いつも遠慮しないでって言ってるじゃない。ほら、早く選んで」

 「では、これを……」

 「うん、それを選ぶと思っていたわ」



 おずおずとメニューを指させば、アメリアはお見通しといったご様子で満足気に頷いた。


 お嬢様……! とアマンダが感激に震えている間に、頭を抱えて悩んでいたエマもどれにするか決めたらしい。


 ウェイトレスを呼んで注文すれば、途端に手持ち無沙汰になってしまう。


 「こうして会うのも久しぶりね」とエマに話しかけようとしたとき、アメリアの耳にひそひそと押し殺した声が聞こえてきた。いくつかの好奇の色に満ちた視線も感じる。



 「あの方って、例の……」

 「そうよ、残念な容姿をしているから顔を隠して過ごしてるって聞いたわ」

 「まぁ可哀想に」

 「だからもうすぐ二十歳になるっていうのに、結婚の申し込みも一切ないらしいわよ」

 「コリンズ家も残念でしょうね」



 さすが流行最先端の人気店。

 流行りものが大好きな女性客が九割以上を占めるこのお店には、噂話が大好きなマダムやミーハーな若い令嬢たちが多くいるらしい。


 わざとアメリアに聞こえるように話すあたり、他人を蹴落として、見下すことが趣味なのだろう。

 

 そんな心の醜い人たちを相手するアメリアではなかったが、聞いていて気分のいいものではない。


 聞かないように意識するけれど、逆に耳に入ってきてしまう。下卑たくすくす笑いの声が、ぞわぞわと背中を擽る。


 ちくちく、心臓を針で刺されているような痛みに、せっかくの楽しい気持ちが萎んでしまった。



 「ごめんね、エマ」



 きっとエマにも嫌な思いをさせた。小さな声で謝ると、エマはにっこりと綺麗な微笑みを作った。


 そして親指でぐっと後ろを指差すと、笑顔を作ったまま目をかっぴらいた。



 「ちょっと行ってきていいかしら?」



 ……エマのよくないところだ。

 アメリアのことになると、誰彼構わず喧嘩を売ってしまう。


 駄目よ、と言い聞かせて抑え込んでも、一言言ってやらないとエマの気は収まらないらしい。



 「アマンダも止めて」

 「いいえ、お嬢様。私もエマ様に加勢します」

 「振りかざした拳は途中で降ろせないのよ」

 「ええ、この日のために私は鍛えてきました」



 私ひとりじゃ止められない。

 

 そう思ってアマンダに助けを求めるも、彼女も溺愛するお嬢様が小馬鹿にされているのが許せないらしく、瞳を怒りに染めていた。


 エマに加勢する気満々だ。


 アメリアを溺愛するオタクふたりは、少々愛が過激になりがちである。



 「やめて、問題を起こしたらもうここに来れなくなっちゃうじゃない。そんなの、私嫌よ」

 「……しょうがないわね、今回は見逃してやるわ」

 「次はありません」



 貴女たちと、これから何度だってこのお店に来たいのに。

 暗にそう伝えると、エマとアマンダはようやく怒りを沈めることにしたらしい。


 自分の代わりにこんなに怒ってくれるひとがいる。それだけで、アメリアは言葉のナイフで傷つけられた痛みが癒える気がした。


 その後、陰口を話していた令嬢たちは荒れ狂うエマとアマンダを視認したせいか、居心地悪そうにそそくさと退散していた。



 「自分の言葉に責任を持てないひとは、最初から口に出さないことね。悪口なんて軽々しく言うものじゃないわ。いつか自分に帰ってくるもの」



 その様子を未だに怒り冷めやらぬ瞳で見つめながら、エマは呆れたように言った。



 (楽しくなるはずの休日だったのに、私のせいで台無しにしちゃったな……)



 落ち込んだアメリアが表情を曇らせていると、ワゴンに乗せられたケーキたちが仰々しく登場する。


 エマが悩みに悩んで決めた王道ショートケーキ、コーヒーが好きなアマンダにぴったりの大人なティラミス、そしてアメリアが一目で気に入ったキラキラなフルーツタルト。


 白いテーブルの上がカラフルに飾り付けられる。下降気味だった女子三人組のテンションも、ケーキのお陰で上昇した。


 いただきます、とドキドキしながら口に含む。途端に口の中いっぱいに幸せが広がって、三人の周囲にはふわふわとお花が飛んでいた。


 いつもならこのままお互いの近況を話しながら、ケーキを食べ、優雅に紅茶を飲む時間は、アメリアにとって何よりも至福の一時になるはずだった。


 だけどなんとなく、あんな噂話をされた後だからだらだらと長居するのも居心地が悪い。


 自意識過剰なのかもしれないけれど、周りのお客さんがアメリアに好意的ではない視線を送っているように感じてしまう。


 人の目を気にしがちなアメリアにとって、それは仕方のないことだった。


 せっかく美味しいケーキを食べているというのに、だんだん萎縮して笑顔がなくなっていくアメリアを見かねたのか、食べ終わるとエマがすぐに立ち上がった。



 「そろそろ行きましょう」

 「え?」

 「今日は天気もいいし、お話なら噴水前のベンチでもできるもの」



 それを聞いたアマンダも「そうですね」と立ち上がり、荷物をまとめる。



 (いつも気にしてもらってばかり……)


 胸がいっぱいになったアメリアが優しい二人に「ありがとう」と言うと、「何のことかしら」とはぐらかされた。


 この二人がいてくれてよかった。


 アメリアはじーんと胸の奥が熱くなるのを感じながら、先を歩くエマの姿を追いかけた。



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