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 自分が人々の噂の種になっているなんて露知らず、艶々ときらめく金髪を風になびかせ、美しく成長したアメリアが自室の窓から顔を覗かせた。


 青いビー玉のような瞳に澄んだ空の色が映える。


 信頼できる限られた者のみと交流しているアメリアにとって、そんな些細な噂に心を砕くよりも、日課の小鳥たちへの餌やりの方がよっぽど有意義で大事なことだった。



 「いつか私にも素敵な出逢いがあるかしら……」



 そんなアメリアの独白を聞いた小鳥たちは、彼女を慰めるように囀りを返す。



 「ふふっ、慰めてくれてるのね。ありがとう。私もそろそろ行かなくちゃ」



 小鳥たちにお別れを告げたアメリアは、うきうきと出掛ける準備を始める。


 今日はエマと街に遊びに行く約束がある。

 今流行りのお店でケーキを食べるのだ。


 遅れるなんてことがあってはいけない。

 彼女の親友は、時間と甘いものにうるさいのだから。



 「アマンダ、ちょっと手伝ってくれないかしら」


 

 窓を閉めて、レースカーテンをしゃっと閉じたアメリアは、着替えのために彼女のメイドを呼びつけた。



 ◇◇


 そんな彼女を見守る影がひとつ。


 「素敵な出逢い」という言葉にショックを受け、真顔でぴしっと固まっている屈強な男。


 彼こそが、侯爵騎士のルーカス・ウォード。

 密かに重たい愛を抱え込んでいる爆弾だ。


 普段のルーカスは常人である。

 むしろ仕事にも真面目に取り組み、周囲からの評判も高く、美男で、エリートで完璧な騎士だった。

 

 国内外問わず、結婚の申し込みが絶たないというが、彼は丁重にお断りするばかり。


 誰か心に決めた女性がいるのではないか。

 彼に想いを寄せる若い女性の間で、そんなことがまことしやかに囁かれている。


 結論からいうと、その噂は真実だった。



 「アメリア……素敵な出逢い……」



 屋敷を囲む塀に凭れかかり、項垂れて頭を抱えるこの男。


 不審な者がいないかと見回りをしていたにも関わらず、自分が不審者に成り下がっているこの男こそ、アメリアのことになると、たちまち狂人に変貌する厄介な男だった。


 今のルーカスは気が気でなかった。


 業務中にも関わらず、人目を気にせずに固まってしまうぐらいには脳内が爆発していた。



 (アメリアに素敵な出逢い、だと?

 彼女がそれを望んでいるというのか?

 …………このままではまずい。

 俺の! 天使が! 何処の馬の骨ともわからない他の男に奪われるなんてことがあってはいけない!

 万が一、否、億が一、そんなことが起きれば、俺はそいつを丁寧に切り刻んだ後、燃えたぎる炎の中に投げ入れてしまう。

 だが、そんな血に汚れた手で純白の天使に触れるなんて、たとえ大天使アメリア様、神様が赦しても俺は自分を許せない……!

 嗚呼、でも心配しないで、愛しのアメリア。

 君を置いてはいかないよ。

 もしそうなったら、君を殺して、俺も共に逝こう。

 たとえ天国でも、俺たちならうまくやっていけるさ。

 大丈夫。死ぬのが嫌というなら、俺の手を切り落としてしまおう。

 君を抱き締める腕がなくなるのは正直辛いが、君から抱きついてもらえばいい。うん、それはそれで最高だ。むしろそっちの方がいいのでは……。

 ……ゴホン、しかし、それは最悪の場合だ。

 そんな未来、今から俺が壊してみせるとも。

 待っていておくれ、最愛のアメリア。

 美しい瞳に浮かぶ涙も宝石のようにきっと綺麗なのだろうけれど、君を悲しませることはしないよ。

 他の男なんて目に入らないぐらい、俺が君を愛するから。

 もしそれでも君が他の男に目を奪われるようなら、その愛らしい瞳をくり抜いて食べてしまおう。

 安心しておくれ、その時は俺が君の瞳になるよ。

 そのままどこにも行かないように閉じこめて、二人きりで幸せに暮らそう。

 だから、アメリア、まずははじめましてから始めよう。

 今日こそ、君に認知してもらうぞ。

 君にはじめましてと言ってもらえたなら、今日という日は記念日だ。国民の祝日にしてもらえないか、皇帝陛下に掛け合ってみることにしよう。

 ……嗚呼、兎にも角にも、今は君の危険を排除することが先決だ。

 こうしちゃいられない、君との眩い未来はこのルーカス・フォードが救ってみせる……!)



 アメリアと顔も知らない誰かの“素敵な出逢い”を阻止するべく、目に光を取り戻したルーカスはロングコートを翻し、足早に屋敷の前を立ち去った。


 今日こそは彼女の知り合いにランクアップするのだと、息巻いていたルーカス。


 初恋を拗らせに拗らせた男が行き着いた先は、彼女を影から見守るストーカーだった。


 好きな人にどうアプローチしていいのか、わからない。常人の皮を被った、救いようのない狂人である。


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