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◇◇
広場には街のシンボルともいえる時計塔と、決められた時間で仕掛けが発動する噴水がある。
舗装された石畳の道は馬車が行き交い、人々が休めるようにと設置されたベンチは、カップルからお年寄りまで多くの人に利用されている。
アメリアとエマは、ちょうど空いていた噴水前のベンチに座り、近況報告に花を咲かせた。
思い出話から最近あったおかしなことまで話のネタは尽きなくて、あっという間に時間は過ぎていく。
そろそろお別れの時間かしら、とアメリアが残念な気持ちになっていると、頬を染めた若い令嬢たちがとある場所を見つめてこそこそと話しているのが目に入った。
「騎士団の皆さまに出会すなんて……」
「見てるだけで幸せですわ」
「ああん、レオナード様の色気がこんなところまで……」
「一度でいいからランハート様に抱かれてみたいわ」
「ルーカス様ったら、今日も無表情なのね。笑ってるところが見てみたいわ」
皇帝陛下の名のもとに、国のために闘う誇り高き騎士団。
その団員が数名、この近辺の見回りを行っていたらしい。
頬に傷のある団長のレオナード・ロバーツは、若い頃に武勲を立ててその地位まで登りつめたという。強さで彼の右に出るものはいない。間違いなく、この国で最も強い男である。
長髪をかきあげて、豪快に笑う姿は男女問わず虜にさせる。彼に憧れて騎士団を志す男子も多いという。
目をハートにした令嬢たちに囲まれて、楽しそうに笑っているのはランハート・ロペス。女性とトラブルを起こしがちなところは玉に瑕だが、剣の腕前は随一だという。
そして、最後はルーカス・ウォード。
周りの人間なんて知らんぷり、常に無表情で他人に興味のない男。切れ長の目がより一層クールに見せる。無愛想なのに人気があるのは、生まれ持った顔の良さのお陰だろう。
アメリアも他の令嬢に倣って、彼らをじっくり観察する。何度も街に来ているけれど、騎士団に遭遇するのは初めてだった。
(私が普通の女の子だったら――あの子たちみたいにときめいて、恋をしていたのかな)
そんな、まさか。ないものねだりを打ち消して、アメリアはベンチから立ち上がった。
「エマ、そろそろ帰りましょう」
「そうね、この辺りも騒がしくなってきたし。暗くなる前に帰った方がいいわ」
「じゃあ、ここでお別れね」
またねとエマに手を振ってアメリアが道路を渡ろうとすると、数メートル後ろにいた馬車が突然暴走し始める。
「危ねぇ! 退いてくれ!」
何かにびっくりして興奮しきった馬が言うことを聞いてくれないらしい。必死に御者の男が叫んでいるけれど、咄嗟のことにアメリアの身体は恐怖で固まってしまう。
自分より何倍も大きなものが、どんどんスピードを上げて迫ってくる。それがわかっているのに強力な接着剤を付けられたみたいに、地面に足が引っ付いて離れない。
「エイミー!」
エマの悲壮な叫び声も聞こえてくる。
もう駄目かもしれない。
アメリアはギュッとベールの下で目を瞑った。
――ふわっ。
すると、不意に体が宙に浮いている感覚がして、凄まじい音を立てて馬車が通り過ぎていく。
「もう大丈夫ですよ」
落ち着いた低い声で囁かれて、恐る恐るアメリアは目を開けた。至近距離にルーカスの顔があって驚くと同時に、彼に抱え上げられていることに気がつく。
――無表情だ。感情のない冷酷な男だ。
さっき令嬢たちがそう噂するのを聞いたけれど、アメリアはそれは嘘だと思った。
だって、信じられない。こんなに優しく、慈愛に満ちた瞳で綺麗に微笑んでいるひとが、冷酷だなんてありえない。しかもその表情を向ける先が、多くの人が毛嫌いしているアメリアなんて尚更。
(騎士様は今何を考えているのかしら)
どうか向けられた感情が好意的なものでありますように。そんな馬鹿げたことを願いながら、アメリアは彼に見惚れてしまった。
「あ、ありがとうございます」
安全な道の端で降ろされて、ハッと我に返ったアメリアは慌ててお礼を言う。
すると、ルーカスは白魚のような手を取って、服が汚れるのも気にせず、その場に跪いた。
「騎士として、貴女をお守りするのは当然です。怪我はありませんか?」
異性にこんな風に扱われるなんて、初めてだ。レザーグローブ越しに手の震えが伝わっていないか、気になってしまう。
ドキドキ、胸の高鳴りは止まる気配がない。
アメリアが小さく頷くと、ルーカスは「よかった」と心底安心したように呟いた。
(今日初めてお会いしたのに……)
なんとなく昔から知っているような、そんな不思議な感覚がある。もしかすると、気づいていないだけですれ違ったことがあるのかもしれない。
どこかでお会いしたかしら。
アメリアが記憶を辿っていると、ルーカスはそれを遮るように声をかけた。
「親愛なるアメリア様、私の名はルーカス・ウォード、以後お見知り置きを」
騎士らしく頭を垂れたルーカスは、恭しく手の甲に口付ける。
途端にアメリアの心臓が飛び出してしまいそうなほど、早鐘を打つ。
動揺したアメリアは返事を返すこともできず、全身を朱に染めることしかできなかった。
嗚呼、ベールを被っていてよかった。
顔が真っ赤に染まっていることに気づかれなくて済むから。
(ルーカス様……)
騎士団長の元に戻っていく後ろ姿を、ぽーっと見つめるアメリア。
心の中にぴょこんと恋の芽が生えたことには、まだ気がついていなかった。
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