第5話 神輿を担ぐ声
二十三時五十分。見ないように意識するほど気になってしまう。投稿サイト。締め切りはもう目の前だった。
無駄だから書かないと決めたはずなのに、中途半端なままメモ帳に眠る自作が許せなくて、ほんの少しずつ推敲をしていた。もう、完成と呼んでもいい代物だ。
出すか出さないかは、俺の心ひとつだった。
マウスを握る手が汗ばんでいる。どうすればいいか、本当は分かりきっているはずだった。時計の秒針が聞こえる。まだちゃんと働いていた頃に着けていた、腕時計だ。
「ねえ」
緊張には似合わない、素っ頓狂に高い声だった。
「素敵な作品ね」
神様だ。
「そんなことはないです。今更どうしたってんですか、神様?」
「謙遜しなくていいのよ。本当に、素敵。貴方が詰まっている作品ね」
「おだてたって、何も出ません。あなたが求める熱気なんていうのは」
「あら」
「だから、こんな暗い書き手に付き合ってないで、祭りを楽しんできたらどうです? もっといい作者がこの祭典にはいくらでもいる」
「それ、出さないの?」
「出せ、ません。意味がない」
「意味?」
「賞も取れない、読んでももらえない。だったら下書きに眠らせれば十分、ですよね」
お前のせいだ。全部を諦める、踏ん切りをつける、こんな下らない生活をやめる、そんなつもりで言った。
「……ははっ」
折角、SNSにすら書いたことのない本音を吐いたってのに、神様は笑い始めた。
たっぷり十秒も笑っていた。高い声だった。まるで子供の悪戯を見守るような、温度のある笑いだった。
「神輿を担ぐ声は、祈願だろうと呻吟だろうと構わないのです」
「だが……」
反抗してみるが、言葉が続かない。無意味だから書かない。何が祭りだ? 哀泣を熱狂に読み替えて、勝手に満足する全知全能が。いくらでも言い返せそうだった。なのに。
「それが、声でありさえすれば」
神様の静かな声、初めて聞いた。頭が空っぽになる、不思議な声だ。
単純たる事実。誰かに、自分が、自分の思いが、届いてほしい。受賞もPVも投稿も、そのための手段でしかない。
低い笑い声が俺のものだと気づくのにしばらくかかった。
「もう、何も言う必要はないようね」
「いや、待て」
声がしないとき、神様がそこにいるかは分からない。だから、この言葉は、本当にただの自己満足だ。
「神様。楽しめよ」
左クリックを押した。公開に切り替わる。
(ネット)小説の(祭典の)神様 坂口青 @aoaiao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます