END

 秋空の下。大和が運営する施設に連絡を入れた。

『対象者の名前、年齢、性別、種族を教えてください』

 自動音声に対し答える。

「長谷川 サキ、六歳、男、鳥」

 ややあって『受付処理が終わりました』と流れ、明日の午後二時には該当の施設に来るよう指示された。

「はあ」

 タツキは大きく溜息を吐いた。羊雲を見上げる。ふと子供の声が聞こえ、視線を下げた。

 そこには同種族の母子がいた。子供の方がショップに並んでいるアンドロイドのペットに飛びつき、母親に次の誕生日これがいいとねだっていた。

 上手く諭して去っていくのを見つめる。ヱマとサキを重ねてみた。

「⋯⋯」

 もう少し、自分を信じられないものだろうか。そう自己に問いかけても答えは返ってこない。

「さむ」

 軽く身震いをし、家に帰った。

「お兄ちゃん!」

 扉を開けるとサキが飛びついてきた。少し驚き、ヱマの「おかえり」という声にだけ返した。手で頭を撫でる事もせずさっさと歩き出す。

 サキはあっとその場に立ち止まり、二階に上がっていく様子を見つめた。ややあってしょんぼりと肩を落とす。ヱマはそれを見て作業していた手を止めた。

「⋯⋯ごめん、サキ君」

 ぼそりと呟き、再度作業に戻った。

 翌日まで三人のあいだには沈黙があった。既に施設に預けるという事をヱマから聞いているサキは、何も言わずに貰ったバッグに私物を詰め込んだ。

「サキ君、お昼はハンバーグ食いに」

「やだ!」

 二階の玄関先でヱマは言葉を遮られた。こちらに向けられた背中は小さく、翼もない。

「やだやだやだやだ!!!」

 途端にベッドの上で暴れ出す様子に、慌てて靴を脱いだ。

「サキ君」

 なるべく力を加減して止めようとする。だが難しく、手が顔に当たる事もあった。

 じんわりとした鈍痛に眉根を寄せ、そのうち彼の足が胸に当たった。

「サキ!」

 大きな声で呼ぶと驚き、ぴたりと止んだ。ぐずぐずになった大きなオレンジ色の眼を見つめ、乱れた髪を整える事もせず少年の肩を掴んだ。

「兄ちゃんはな、めちゃくちゃ悩んで悩んで、悩んだ結果、サキが確実に幸せになれる安全な方をとったんだ」

 サキはぽろぽろと涙を流しながら震えた声で言った。

「おにいちゃんは、サキのことが、キライなの?」

「ちがう!」

 かぶりを振り、真っ直ぐに眼を見て言った。

「サキの事が大好きだから、離れる事にしたんだよ」

「なんで!!」

「サキを傷つけるかも知れねえから」

 その言葉に眼を丸くした。

「だいすきなのに? きずつけるの?」

「⋯⋯そう」

「どうして?」

 純粋な疑問に答えはない。

「おにいちゃん、すごくやさしいのに、なんで⋯⋯」

 またぼろぼろと大粒の涙が流れ出し、次第に言葉もなくなって泣き声に変わってしまった。ヱマはすぐにティッシュを取り、涙を拭いて鼻水を拭いてやる。

「ごめんな、ごめん」

 それでも泣き止まない様子に水色の片眼からも涙が流れ、汚れるのも厭わずにサキを抱きしめた。

 昼は結局近場のファミレスで済ませた。鼻を赤くしたサキは食欲も元気も失せたようで、子供用のランチを少し残してしまった。

「俺これ食べるね」

 ヱマがさっとプレートを取り、残ったものを平らげる。そうして一息吐いたあと席を立った。然しサキが動こうとしない。

「行くぞ?」

 促してもダメだ。二人は顔を見合わせた。まだ時間に余裕はある、もう一度席に座り直した。

 言葉はなかった。ただぼうっとネットにも逃げず現実にいた。

 タツキは俯いたままのサキを見つめ、タバコを吸いたいと思いながらも我慢した。

「⋯⋯サキ」

 声をかける。反応はない。その時ふっと溜息を吐いた。少年がそれに小さく反応したが、ヱマでさえ気づけなかった。

 施設に到着し受付を済ませたあと、タツキはタバコを吸いにどこかへ消えた。サキは去っていく姿を悲しそうに見つめ、更に小さくなった。

 少しして若い女性の職員がやってきて、軽くサキと挨拶を交わす。それからヱマに「もう少しお待ちください」と笑いかけ、足早に去っていった。

 人通りは少なく、中庭からの穏やかな太陽光が足元まで伸びる。今何時なのか分からない。

 タツキが帰ってくると二人はいなかった。ヱマから電脳で言われた通りトイレに行っているからだ。息を吐きつつ座り直す。

「あれ、奥さんは⋯⋯」

 先程の職員が戻ってきて、恐る恐る問いかけた。

「ああ、便所です」

 元気のない様子に職員は眉を八の字にした。

「つらい、ですか」

「まあ、はい」

「そうですよね⋯⋯半年でしたっけ、保護してたの」

「ええ。その数ヶ月は入院で、一緒に暮らしたんは半年も経ってないんですが⋯⋯まあ、」

 溜息を吐く。職員は周囲を見たあと小声で助言した。

「どうして預ける事にしたのか、旦那さん本人からサキ君に直接お話する方がいいと思います 」

 それに少し顔をあげ、「そうですかね」と俯いた。職員は肯いたあと「じゃあまた後で来ますね」と言って、またぱたぱたと去っていった。

 少しして二人が帰ってくる。真ん中に座ったサキの頭頂部を一瞥し、ぎゅっと手を握った。

 そして名前を呼んだ。

「ごめんな。ホンマはお前を養子にするつもりやった」

「じゃあ、なんで」

 サキは顔をあげ、潤んだ眼で見つめた。

「⋯⋯俺の親はな、」

 なるべく伏せるとこは伏せ、タツキなりに噛み砕いて生い立ちを語った。

「やからお前の親にはなれん」

 肩を落とす。六歳児には難しい話だったか、サキはぼろぼろと泣き出した。

「お兄ちゃん、やさしいのに、なんで」

 なんで。その言葉に俯く。

「なんでやろな」

 鼻を啜る。わんわんと本格的に泣き出したサキに、見守っていたヱマがポケットティッシュを渡す。そうしてもう一つのポケットティッシュをタツキに渡した。

 翌年の春。施設からサキの里親が決まったと連絡があった。

『せめて最後に⋯⋯会いませんか? 奥さんも会いたがってると思いますよ』

 それに小さく肯き、ヱマに話して施設に向かう事にした。

「どんな人だろうな。いい人だといいな。なあ、タツキ」

 にこにこと笑うヱマにうんと肯く。

「⋯⋯無理したら今度はタツキが傷ついちゃう。サキ君もそれは嫌がるだろうし、これでいいんだよ」

 そう言いながら軽く頭を撫でてやった。

 施設に到着し受付を済ます。以前と同じ場所で待っていると名前を呼ばれ、二人は立ち上がった。

「どうも、はじめまして」

 サキと一緒にいたのは新しい両親。少年と同じ種族で、物腰の柔らかい同世代ぐらいの夫婦だった。

 傷だらけの自分より大きい種族に夫婦は臆する事もなく、握手を交わしてそれぞれ自己紹介をした。

「私達、病気で恵まれなくって⋯⋯」

「それでここに来たら、この子がいると言われましてね」

 夫の方がサキを優しく前にやった。それにタツキとヱマはしゃがみこむ。少年の眼は寂しそうな色をしていた。

「とてもいい子で優しくて、経緯を知ってあなた方に会いたくなってしまって。本当ならこの子とだけで会いたかったでしょうが⋯⋯」

 苦笑を浮かべる様子にヱマが「いえ」と立ち上がる。夫婦の質問に彼女が答えているあいだ、タツキはサキを見つめ、ややあって義手の方で頭を撫でた。

「元気にやりや」

 人肌の温もりも柔らかさもない。だが涙を拭ってくれる大きな手は優しく、サキは小さな手で触れながら呟いた。

「大好きだよ、タツキお兄ちゃん」

 それに眉をあげ、軽く微笑んだ。

「俺の事は?」

 ヱマがしゃがみこんで割り込む。

「すき」

 鼻声の返答に「なん、大好きじゃねえのかよお」と嘆くと、サキは慌てた。

「ち、ちがう! ヱマお姉ちゃんも大好きなの!」

 はわはわと涙も引っ込むぐらい首を振る様子にヱマは笑い、ぽんぽんっと頭を撫でた。

「分かってる。俺も大好きだよ」

 それにほっと息を吐き、にこっと笑った。その純粋な好意の塊に二人は笑い返し、腰をあげた。

 新しい両親と手を繋いだまま去っていく。施設を出る前、三人とも振り返り、両親は頭を下げてサキは大きく手を振った。

 ヱマはまたなーと振り返し、タツキは手を軽く挙げて返した。そうして施設を出て姿が見えなくなったあと、一つ息を吐いた。

「よし、タツキ、今日は好きなもん食いに行こうぜ」

「⋯⋯またどうせ自分が食いたいだけやろ」

「えーん昔みたいに優しくしてくれよお。なんかひでえよ最近」

「でも当たっとるやろ」

「うん、まあ。否定はしねえ」

 そう言いながら義手に手を滑らせ繋いだ。

 その後、サキが栃木県の小学校に入学したと、写真と共にメッセージが送られてきた。にこにことピースをして両親と共に写っているのを見て、タツキはふっと笑った。

「元気そうで良かったわ」

 電子タバコの煙を吐き、立ち上がる。

「ヱマー、そろそろ行くぞー」

 二階にいる妻に呼びかける。はいはいはいと言いながら降りてくるのを一瞥し、事務所の扉を開けた。

「今日はー、なんだっけ?」

「谷口さんとこのいつもの依頼や」

「あー思い出した。似たようなの多いからゴチャゴチャになんだよなあ」

「元長官のくせに」

「いーうるせえ。もうブランクありすぎて無理やわ」

 スカジャンの袖を引き上げ、バイクに跨った。同じようにタツキもバイクに跨る。

 ヱマのかけた洋楽を聴きながらエンジンを吹かし、本日の業務を開始した。

 

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White Why3 白銀隼斗 @nekomaru16

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