雪の結晶は、僕の心に突き刺さって、痛みをもたらす

品画十帆

第1話

 僕がまだ小学五年生か、六年生の時に、〈雪の結晶〉を見る授業を受けた想い出がある。


 五年か六年かも、怪しいくらいの朧気おぼろげな記憶ではあるが、確か、鼻の穴が痛くなってしまうように寒くて、風が吹いていない日だった。

 たぶん僕は、黒い手袋に落ちた〈雪の結晶〉を、ルーペで見ていてはずだ。


 整った六花ろっかが複雑に咲いたような〈雪の結晶〉を、「不思議だ」「きれいだ」と思い見とれていたと思う。


 〈雪の結晶〉の事は思うだけど、君の事は強烈に覚えている、今もほほが熱くなるようだ。


 「ふふっ、指先がかじかむでしょう、私が暖めてあげるね」


 君はそう言って、手袋越しに暖かい息をかけてくれたね。

 でも僕は、その思いがけない行為こういに驚いてしまって、心無い事こころないことを言ってしまったんだ。


 「ち、ちょっと、〈雪の結晶〉が、けてしまうじゃないか」


 君の頬が僕の頬に触れるくらいに、近づいていたから、ものすごくあせったんだ。


 女の子の柔らかそうな頬が、触れそうだったんだ、当時はさらに未熟な僕ではしょうがない。

 他の子もいるのに、すごく恥ずかしくて、いたたまれなかったんだと思う。


 僕はまだ全くの子供で、君に淡い恋心を抱いていたけど、それは日がすだけで溶けてしまうような、〈雪の結晶〉に似たはかないものだった。


 おとなしい僕と活発な君は、なぜか気があって、男女の差があるのに、学校で時々話をしていたね。

 もう失くしてしまったけど、二人とも猫が出てくるファンタジー漫画が好きだったよね。

 流行っては無かったから、他にそれを好きな人はいなかったね。


 「ふーん、そう」


 君は傷ついた顔になった後、他の子の所へ走っていってしまった。

 勇気を出して行った行動を、僕が拒絶きょぜつしたから、バツが悪くて逃げていったんだね。


 その後、僕は〈雪の結晶〉に興味を失い、君の背中をずっと見ていた。

 良心がチクリと痛み、それなのに、心が温かくなっていくのが分かった、君の吐息といきのおかげで。

 君が僕に好意を持ってくれていると、感じたからだ、でも僕は君へ何も、言葉すら返さなかった。


 僕は君と、おしゃべりを楽しむ事や手をぐことを、全く全然思いつきもしなかったんだ。

 そんな事を僕が出来るはずが無いと、頭から思い込んでいて、考えた事も無かった。


 ただ君を遠くから時々見る事で、僕は充分満たされていた、勉強や男友達との関係で一杯一杯だったこともある。

 君と付き合うなんて、高度な事は無理だ、僕はまだまだ幼かったんだと思う。



 中学生になり、君に彼氏が出来たと噂を聞いてはいたが、たまに僕と君は、猫が出てくるファンタジーの話をしたよね。

 アニメになったから、信じられ無いと、盛り上がったこともあったね。


 君と一緒にそのアニメを、映画館で観たいと、僕はその時になって思った。


 けどそれは、もうかなわない夢だ。

 自分でも今さらだと思う。


 もっと君と話をしておけば良かった、あいさつだけじゃなく、廊下を歩く君に声をかければ良かったな。


 僕は彼氏がいる人を、映画に誘ってはいけないと思っていたんだ。

 そして、君は付き合っている人がいるのに、他の男子と映画を見るような子じゃないよね。


 その時ようやく遅ればせながら、僕は後悔をした、君に彼氏が出来て、もう手の届かない存在になったと思ったからだ。

 君を眼で追うのが苦痛になったけど、僕はそれがどうしても止められないんだ、不思議だし気持ち悪いよね、ごめん。



 君は女子高だったから、僕は違う高校に進学した、当たり前だな。

 当然、君と会うことは無くなった、少しずつ君は想い出に変わろうとしていたと思う。



 だけどある日、偶然ぐうぜん、君と再会したよね。


 あれは僕がお母さんにたのまれて、嫌々スーパーの買い物の、荷物持ちをしていた時だ。

 たぶん、お米を袋で買うから一緒に来いと言われたんだ、高校生にもなって、母親と買い物にスーパーに行くとは、本当に嫌になる。

 知り合いに会いませんように、と祈っていたはずだ。


 だけど、お母さんがレジを通るまで、休憩スペースで待っていた時に、突然君が前に座ってきたんだ。

 君は髪を伸ばして、少しお化粧もしていたな、もう少女から女に変わろうとしていたと、僕は記憶している。


 突然でもあるし、君が可愛くなっているから、僕はそれだけで、もう焦りに焦った状態だ。

 頭が上手く回っていなったと思う、まぶしくて君の顔が見れなかったよ。


 「うわぁ、すごい偶然ね。 お母さんと買い物なんだ」


 「うっ、米が重いからしょうがなくだよ」


 「ふふーん、ずいぶんと親孝行だね。 偉いな」


 「ちっ、君こそスーパで買い物しているのか」


 「うーん、彼氏と別れたから、ヤケ食いの食糧を調達しに来たんだ。 ふふっ」


 えぇー、どうして僕に彼氏と別れたって言うんだ、それになぜ笑う。


 普通は悲しい事だろう。

 あっ、そうか、強がっているんだな。


 「そうか、辛いだろうな。 元気を出せよ。 きっとまた良い人が現れるよ」


 「ふーん、どこに」


 君の目が僕の目を見ているのが、分かった。

 僕の心の中を、見ようとしている目だから、僕はもっと焦ってしまう、すでにパニックだ。


 心の中を見られるのは、たまらないと思ったんだ、弱みじゃないけど、今も君が好きなのを知られたく無かったんだ。

 恥ずかしいとも、少し違っている、怖いとも、少し違っている、自分でも良く分からない。


 僕に勇気が無かったんだ、としか言いようが無い、告白して笑われるのが、堪らなく嫌だったんだろう。


 君を好きだった思いを、綺麗なままで残しておきたかったんだと思う。


 「どこって、未来だよ」


 「へっ、今じゃないの。 意地悪だね。 えぇっと、運命がよ」


 「あら、お友達なの」


 変なタイミングでお母さんが現れて、君はお辞儀じぎをして帰って行ったね。

 僕はさっきの君の言葉を、心の中で反芻はんすうして、君の背中を追いかけようとしたんだ。


 「ごめん、お邪魔だったみたいね。 追いかけないの」


 僕は猛烈に恥かしくなってしまった、母親に好きな女の子を見られた事を、だ。

 それとモゴモゴとした、情けない会話を聞かれたかも知れない。


 「ただの友達なんだ」


 友達は嘘じゃないが、友達以上になれる可能性も、あった人でもある。


 母親の登場で気が抜けてしまったのか、僕は追いかける事が出来なかった。

 追いかけなくても良い理由が出来たため、ホッとしている、ちっちゃい僕がいる。

 ルーペで見なくては見えない、極小の〈雪の結晶〉に近い。


 そして後になって、良く考えたら、あの時は告白をする必要が無いって事に、気がついてしまったんだ。


 気がつかない方が良かった。


 僕はものすごく後悔をして、三日くらい眠れない日が続いてしまった、あまりにも余裕が無さ過ぎだったな。


 スーパーの休憩スペースで、告白するって異常だよ、僕は単なるバカだ。


 あの時は、携帯の番号とかを交換して、話を聞いてあげるで、それで良かったんだ。

 それか、気分転換で今上映しているアニメを見に行かないか、でも良かったと思う。


 告白するのは、それらが少なくとも、何回か続いた後だろう。


 彼女を持ったことがない、経験の浅さゆえの大失態だ。

 いいや、友達としても良くない、せめてもっと親身に話を聞いてあげるべきだろう。


 自分の気持ちしか考えていない、彼女が言ったように、僕は意地悪でどうしようもない男だ。

 自己嫌悪で立ち直れそうにないな。



 だけど僕はまだあきらめ切れなくて、なおかつ、姑息こそくな手段をとってしまった。


 それは、年賀状を出すって事だ、なんてしょぼい手だと自分でも思う。

 ドーンと君の家を訪ねて、この前の続きを話すなんて、とてもじゃないが出来ないんだ。

 それが僕と言う人間なんだよ。



 お正月が少し過ぎた頃に、君からの年賀状が届いた。

 手書きで「元気をもらった」と書いてあったから、僕は有頂天で天にも昇る気持ちになってしまう。


 それからも、僕と君は年賀状のやり取りだけで、つながっていた、とても薄いものだと思う。

 最近は年賀状を止める人も出てきているのに、どうして僕はそれ以上の行動を起こさなかったんだろう。

 君の実家の住所は毎年書いていたから、見なくても書けるほど、覚えている。


 僕はウジウジとした、本当に情けない男だ。



 今年の年賀状には、花が咲いたような、君の写真が印刷されていた。

 白いウエディングドレスを着た、君の満面の笑みが年賀状からあふれてくる。


 君は本当に幸せなんだろう、疑う事を許させないような、幸せな顔に思える。


 僕はそれを見ても、新郎への嫉妬しっとや悔しさは、全く浮かばなかった、どうしてだろう。


 君が幸福になった事に安堵あんどしたんだ、僕が告白なんて余計よけいな事をしなくって、本当に良かったよ。


 こんなダメな僕と、もし結婚をしたら、高い確率で不幸になっていただろう。

 だから僕が、君との距離をめなかったのは、とても良い事だったんだ。

 君のためになったと、称賛しょうさんされても良いはずだ、ファインプレーだと言っても良い。


 僕の心にずっと刺さっていた、するどい六花の〈雪の結晶〉が、今君のお日様のような笑みで、溶けて消えていく。


 僕はもう後悔をしなくてもむ、後に残るのは絶望だとしても、それがどうした。

 絶望はただするものだ、もう遅いのだから、何もしないでただうずくまっていたら良いだけだと思う。




  ― 完 ―

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