縦縞は雪を良く知らぬ

縦縞ヨリ

1話

 縦縞は激怒した。縦縞は雪というものを良く知らぬ。

 生まれた土地は何年かに一度積もっても数センチくらい、かまくらどころか雪だるまも作れぬ様な積雪であった。一度移り住んだ盆地も雪なぞ滅多に降らぬ。降ったとしてもその日は家から出る事も無い。なんせ車が無いと移動出来ない様な田舎だったので、慣れぬ雪道を走る気にはならぬ。

 縦縞は引き続き激怒していたが、やがて意気消沈し、太宰治風に激怒するのは止めた。


 昼過ぎから降り出した、見たこともないような勢いの雪。

 会社の外は一面の雪景色だった。敷地内には既に十センチもの雪が積もり、縦縞ヨリこと私は途方に暮れた。

 雪深い地方の人に言うと笑われてしまうかも知れないが、雪の降らない街は三センチの積雪でも致命的だ。そのくらい雪への備えがないし、住む私たちも雪を知らない。

 たまに粉のような細かい雪がうっすらと積もって、「綺麗だねえ」と写真なんかを撮ってみる。そのくらい特別で、なおかつ縁遠い物なのだ。

 雪かきの道具も持っていないし、年に一度くらい数センチの雪が積もっても、翌日にはほぼ溶けて無くなり、道路脇に排気ガスで黒く汚れた雪の塊が残っているくらい。大人でも新雪を踏んで喜ぶくらい珍しいもの。私たちの「雪」とはその程度のものなのだ。

 だが、今日のこの雪は何なんだ。

 朝は晴れていて、私は天気予報も気にしていなかった。同僚が「今日雪降るってよ」と言っていても「へーそうなんだー!」くらいのものだったのだが、昼過ぎに自体は一変する。

 突然真っ暗になったかと思うと、羽みたいな大粒の雪が空から物凄い勢いで降ってきた。

「え? え?」

と狼狽えているうちにドサドサ降る雪は地面を多い尽くし、ものの一時間で街は銀世界。

 そうは言っても仕事はいつも通りあるので、とにかく雪で帰れなくなりそうなバス通勤の者はなるべく早く上がる運びになり、私のように近所から来ている者はいつもの通り働いた。

 そして、夕方。未だ轟々と降り続く雪の中、私はもしもの時の為にロッカーに入れてあった百円のレインコートを着て、暫し悩んだ。

 自転車を持っていくか、置いていくかだ。

 なんにせよ乗っては帰れない。押して帰るしかないから無い方が良い。でもそうすると、明日出勤する時に不便だ。

 雪慣れない私は植木が丸々真っ白な塊になっている状況でも、明日は自転車で出勤する気でいた。

 だって明日には大体溶けるもん。雪ってそういうものだもん。

 自転車で十分くらい、歩くと二十分くらい。

 私は自転車を押して帰ることにした。


 普通に間違いだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月29日 10:00

縦縞は雪を良く知らぬ 縦縞ヨリ @sayoritatejima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画