第3話 私が流す雫の色を(後)

私は自分が産まれた時、自分が誰なのか、すぐに分かった。




自分がどんな形をしているのか。

どんな声をしているのか。瞳の色や、肌の色なども含め、全てを知っていた。

だが、その私は、『私が以前から、良く知っていた私』ではなかった。



背丈は140センチほどの子供で、瞳の色も以前のような青ではなく赤かった。

また肌の色も以前よりさらに白く、また髪の色もピンクではなかった。自分の名前を確認すると、以前と違いコードネームも付されていて、その名は『ユキ』というものだった。


ゆっくりと瞼を開けると、やはり私の目の端には私の状態を示す文字が並んだ。そこには緑の文字で、『全て正常』と書かれていた。



試運転のように、ベッドからゆっくりと起き上がると、私の背丈はやはり情報通り子供で、人であれば12歳くらいだと思えた。左手を動かしてみると、機械の作動音などもなく、まるで人のそれと遜色ないように動いた。



今自分がいる部屋を見渡すと、初めて息をした日とほとんど変わらない内装の部屋にいることが分かった。

だが、以前と違い、目の端にふと鮮やかな色が並んだので、そちらを見ようと頭を動かすと、自分の真っ白い髪の毛が揺らいだ。それを目の端で捉えつつ、次に私の目が焦点を合わせたのは、小さな窓の外の色鮮やかな景色だった。


萌える草木の合間から見える、青い海、そして白い砂浜。神経、もとい収音機を集中させると小さい波の音が私の中に流れ込んできた。



「アア、オキタオキタ」



窓とは逆の報告から、言葉とも取れる機械音が響いた。


反射的に私は窓から声がした方に目を運んだ。そこには、海と同じ色をしている青いボール状のロボットがおり、ちょうどそのボールは浮遊し、部屋を出ていくところであった。


私はもちろん、そのボールのこともよく知っていたので、ボールのことについてはそれ以上思案する必要はないと考え、それを無言のまま見送った私は、次に自分の最後の記憶について考えた。




『最後の私は、あの日、あの人に伝えることがあったはずだ。

私はそれを果たして、伝えられたのだろうか?』




私の途切れた記憶では、その答えは分からなかった。


私に内在していた記憶は少女を助けた翌日の朝で、途切れていた。それ以降、私に何があったのかは確認しないとな、と私が思っていた時だ。




遠くからこちらへ向かって慌ただしく近づく足音が聞こえた。


それは部屋の外から響いてきたので、私は咄嗟にそちらを見た。私の視線が向いた1.115秒後、私の視界には、私のよく知る男性が目に入った。



その男性は、私が目に映した次の瞬間には、私の目前まで迫っていた。


そして、コンマ0.2秒も空けない内に、私を両腕で抱え込み、声にもならない声でいきなり泣いた。



その男性の腕の力は相当、強いものだったが、私の中のシステムはその出来事を危険なものだと認識しなかったようで、私の中でアラート信号は発信されなかった。




「・・・アキ様」




目の前の男性の名前を呼んだ私の中で、アラートは鳴らなかったようだが、これから違う問題が発生することを私は知った。


以前、体験したことがあるような無いような、思い出せないが、私の眼球部には、なぜか熱が集中しており、それが原因となり、これからある事が起きることとなっていた。その原因は曖昧な理由で、また考えたところで数学の数式のような明確な答えがあるわけでもない、ぼやっとした問題だったろう。



「忠告したいことがあります。私の眼部より、数秒後にオイルが漏れることが予期されます。このままではアキ様の衣服が汚染されます。速やかに私から離れることをお勧め」


「そんなものは!」



私の冷静を装った声をかき消すように、目の前のアキはくぐもった大声を出した。その言葉の続きを聞くべく、私は自分の言葉は胸の奥へ引っ込めた。




「ほっとけ」




アキはそう言った後、再び、うなるように泣き始めた。


それを決起とするように、私は開いていた両目を閉じた。




そして、次の瞬間には、自分が予期した通り、目の端からは大量のオイルが漏れ、それを私は自分が顔をうずめているアキのシャツに、委ねた。



あまり深く思考することができない中、私の中に小さい疑問が生じた。

それは、今、自分が流しているオイルの色は、何色なのだろう?というものだった。



人でも、ロボットでもない私の雫の色を、私は見てみたいと思った。



だが、その興味より優先したのは、今の状況に少しでも長く、自分の身を委ねていたいという願望だった。その願望がどのような理由で発生したのかは、私が集めたデータを解析したが、明確な答えは得られなかった。

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私が流す雫の色を まじかの @majikano

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