第2話 私が流す雫の色を(中)

翌日、私は主人を起こしに行く必要がなかった。



主人であるアキが自分で起きてきたからだ。


彼はいつもののろっとした動きではなく張り詰めた糸のような動きでリビングに駆け込んでくると、いつものまどろんだ表情ではなく、緊張感のある顔で言った。



「さっき、魔法省の支所から、電話連絡があった。僕とサクラ、君にすぐに本省へ出頭するように、と・・・」



それを聞いた私は嫌な未来が当たってしまったと思った。


魔法省は、この世界を統治するいわば政を行う機関だ。

統治するにあたり、人を断罪したり、刑罰を課したりする役も担っている。私は、今回の出頭依頼が『いい方向』で働いているとは思えなかった。


昨日の一件がバレたのだろう。優秀なロボットを作り、また機械に魂を吹き込む力があるアキを、この国がどのように扱うのか、何となく想像がついた。私の中では、今までのように自由に生活をするアキの未来が見えなかった。



「家政婦ロボットの分際で失礼ですが、その魔法省の命に従うことは、アキ様のためにならないと考えます。おそらく、私も、研究対象として分解されるでしょう」

「僕も、そう思う・・・多分、君だけじゃなく、ウミマルもそうなるだろうな。どうすべきだと思う?」

「出頭依頼があったのは今日です。今日の今日で魔法省が何かしてくることはないでしょう。最低限、必要なものだけを持って、この国を離れ、人里から遠い場所へ逃げるのが得策かと思われます」



私とアキがそこまで話したところで、ウミマルのどこにあるか分からない口が開いた。



「僕、イイ場所、知ッテル。僕ト同ジ、青イ色ノ海ニ囲マレタ、島」

「孤島か。いいかもしれないな。買い物なら、サクラが転移システムを使って離れた街へ行けば済むし。いい案だ、じゃあさっそく」



ウミマルの言葉に続いたアキがそう言いかけた時、私達のいる家が急に大きく揺れた。


まるで地震かと思われるその揺れは、私のスキャン機能で確認したところ、自然現象ではなかった。


揺れたのは、地面ではなく、この家だけで、そして家の一部、正確には空き部屋の一室がほぼ全壊していることが分かった。

そしてその原因は、家の外、30メートルのところにいつの間にか現れた、10人ほどの集団によるものだと私の中の探知システムが教えてくれた。



「まさか」



私はロボットならば成しえないであろう、『嫌な予感』を感じつつ、顔を苦々しく歪めた。

そして、私が外の状況をアキに伝えようとした時、それに割り込むように、家の外から大きな声が響いた。



「アキ博士。今朝、ご連絡さしあげましたが、ご返事がなかったので、こうして参りました魔法省の者です。おたくの住居に手荒な真似をしてしまったのは、あなた様がよからぬことを考え、逃亡する可能性を考えたためです。大変、失礼いたしましたが、やむを得ないことでした。

もちろん、国で代わりのお住まいをご提供いたします。ただし、住む場所は、こちらが指定することになりますが」



その声は年配の男性のもので、風魔法で声量を拡張してあるようであった。


『それ』を行っているのは、その男性の周囲にいる約9名の内の7名の誰かだろう。その7名は私のスキャン能力で見たところ、全員が国の一級魔導士と思われるほどの潜在魔素量を持っていた。

先ほど、家の一部を壊した魔法を使ったも、その内の1人だと思われた。



「我々の行動を、読まれていたようですね。逃げることも想定されていたかと」

「く、くそ。これじゃもう」



アキが歪んだ顔でそう言った時、私はこの状況を打開する案をいくつか考案していた。


しかし、その案のどれも頭内リハーサルを行ったところ、失敗に終わるものばかりだった。

仮に私が持つ兵器で外にいる魔導士を7人葬って逃げたところで、私達は追われる身になる。かと言って、追手全てから逃げ切れるような世界ではない。この世界には、人の持つ魔素を辿って追跡するような魔法もあるのだ。



やはり私達3人が奴らに捕まらずにここを乗り切るのは難しいか、と私が考えた時、私の頭にある閃きが走った。



私は『ある犠牲を払えば』この場を何とかできる唯一の方法を直感的に、思いついていた。



だが、それをアキに提案したところで、アキにはやめろと命じられるだろう。だから、私はそれを主人には黙って、秘密裏に、実行することにした。


それを実行にするにあたり、私の中に少しだけ躊躇が生まれたので、コンマ5秒ほど、心の整理を行う時間を作った。


それから、私は意を決し、目を閉じた。

私は、私の中で禁止事項とされている、動力炉の熱量を限界以上に引き上げる操作を行った。

私の中で、『その限界』が来るまでの時間が表示され、それは5分後であった。



「アキ様」



私は目を開けると、アキに向き直った。


私は真剣な表情のまま、つまり表情筋を使わず、真顔で彼の顔を見た。その時のアキも、私と同じく真顔であった。私がこれから、深刻な話をすることをなんとなく予感したのだろう。



「私がここで少し手荒なことをして、時間を稼ぎます。なので、ウミマルと逃げてください。人一人と小さいロボットくらいならば、私の転移システムで逃がすことが可能です。私がこれから、『事』を起こせば、敵は混乱し、私達が逃げたとは思わないはずです」

「な、何を言ってる・・・?」

「最期になりますので」



アキの言葉を無視して私は言葉をかぶせた。『最期』と私が言ったところで、なぜか私は言葉に詰まってしまった。


感情が混乱していた。人と同じように、言葉に詰まる私はもう、自分がただのロボットではないことを何となく理解していた。


しかし、それを理解したところで、このデータはどこにも残ることはない。バックアップは今朝、ウミマルに格納したのが最後だ。



「言いたいことを言うことにします。

私は今まで、あなたにずっと隠し事をしていました。私には生まれた時から、心があります。それを隠して、今の今まで生活していました。この無礼をお許しください」

「君、に心、が・・・!?」

「はい、私には感情があります。様々な想いも。そして」



そこまで言いかけた時、私は急に自分の眼球部が熱くなるのを感じ、咄嗟に身体を反転させた。


そして、自分の顔をアキから見えないように、隠した。出そうとした声がすぐには出ようとしない。

声の代わりに、眼球部の端から、水滴が溢れた。私はしっかりしろ、と自分を叱咤し、喉を震わせた。



「あなたには誰よりも、幸せであって欲しいと願っています。

独り身では、何かと不便でしょう。配偶者を獲得されるのがよいかと思われます。

そのために、これからはどうかもう少し、清潔になさってください。お風呂も毎日入って、服も毎日着替えられますよう―」



そこまで話した私の目から、一滴の雫が垂れ、それは顔を伝い、床に落ちた。



もちろん、それは私の中のどこかのオイルだったろうが、ふと私は高ぶる感情のまま、その雫の色は何色なんだろうな、とふと、疑問に思った。

だが、今の状況が、その液体の色を確認をすることを許さなかった。

私には、もうほとんど時間が残されていなかった。



「だ、だめだだめだ。サクラ、それは主人の命において許可しない!3人で、逃げるんだ。これ以外、認めないからな」

「アキ様、頭が良いあなたならば、この状況でそれができないことは、分かるはずです。それに私は、不良品のロボットです。だから、あなた様の命には従いません。申し訳ございませんが。

最後に―」

「だめだ、従うんだ!何か手があるはずだ。何をする気か知らないが、俺は」



アキはそう叫びつつ、背を向いた私の肩を掴もうとするのが私には、スキャン機能を使っていて分かった。

だから私は嫌だったが、そうされる前に、再びアキの方を向いて、自分の左手を彼に向かってかざした。


左手から緑色の光が伸び、その光は目の前にいる二人を転移させた。それが済むと、場には静寂が戻った。


その静かな時間の中、私が考えていたことは、見られなくない自分の顔を、もとい涙を見られてしまったな、ということだった。



「言えません、でしたか。

仕方ないですが、今誰もいないこの場で言ってしまうことにします。

アキ様、私は、あなたの」



私が言いかけたその言葉の、続きが生まれることはなかった。

その瞬間、最後の5分がちょうど経過したところだった。



5分が経過すると即座に、私の胸の動力炉は、臨界点を突破し、輝く光の爆風を生んだ。

その光は、私の大切だったものを瞬時に溶かしながら、大きくなっていった。




私のピンク色の髪も、メイド服も、そして虹色に染まった思い出の数々も、全てが光と共に、消えてなくなった。


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