奇妙な千円札
烏川 ハル
奇妙な千円札
「ひとり三千円、集めまーす!」
畳敷きの広い部屋に、私の声が響き渡る。
大学に入って一ヶ月以上が
中学や高校とは異なり、大学は選択科目が多く、クラス全員が同じ授業を受けるのは必修科目の語学くらい。クラス単位で行動する機会は少ないから、このコンパで初めて口をきいたクラスメートもいるほどだった。
そんな私がみんなからコンパ代を集金しているのは、幹事役の小川さんから「ノリコちゃんは真面目だから。お願いね!」と会計係に任命されたからだ。
参加した全員から三千円を集めて、お店の人に渡す。ただそれだけの仕事だった。
しかし三千円というのは、ある意味、微妙な金額かもしれない。例えばこれが五千円ならば、五枚の千円札でなく五千円札一枚を出す者も結構いるだろうし、四千円の場合でも、五千円札でおつりという者が出てくるだろう。
ところが三千円となれば五千円札でおつりではなく、ほとんどが千円札を三枚、私のところへ持ってくる。これでそのまま会計するとしたら、お店の人の前で改めて、千円札を何十枚も数えることになりそうだ。
それでは大変だから、なるべく大きなお札で支払った方が楽だろう。そう考えて、あらかじめ銀行から引き下ろして、一万円札を財布に何枚も入れてきていた。
実際に私の予想通り、大量の千円札が私の元に集まり、支払いでは用意してきた一万円札を全て使うことになった。
そうやって私が個人的に両替しながら会計する様子を見て、
「スムーズな支払い! やっぱりノリコちゃんに任せて正解だったわ」
満足げな表情の小川さんが、背中をパンパンと叩いてきたくらいだ。
ちょっと激しい叩き方だったけれど文句を言うほどではないし、私も悪い気はしなかったので、微笑み返しておいた。
そんなわけでクラスコンパの帰りには、私の財布は千円札でパンパンに膨れ上がっていたのだが……。
――――――――――――
「えっ、何これ……?」
異変に気づいたのは翌日。
銀行にお金を預けに行った時だった。
そもそも財布に大金を入れっぱなしで持ち歩くのは危ないし、千円札がいっぱいなのは金額的な意味だけでなく、物理的な枚数もたくさんという状態だ。
だから必要以上のお金は銀行に戻しておこうと考えたのだが……。
ATMの機械に投入した千円札の中に一枚、機械が受け付けてくれないお
返ってきたお
まず第一に、
さらに、左半分に書かれる「千円」が「1000」になっているし、代わりに左上
また、千円札といえば全体的に青色のイメージだが、お
裏面の絵柄も富士山が映る湖面ではなく、でかでかと海の波。よく見れば小さく富士山も描かれているので、これは海から富士山を眺める構図だろうか。
「
これほどはっきり違うのだから、間違い探しなんてレベルは超えている。騙す目的の
コンパの終わり
ならばこれは、
誰だか知らないが、昨日のコンパにこれを持ってきて私に渡したのは単なるうっかり。
そう考えると、その人のドジが
結果的な事実だけ見れば、私が千円損しただけなのだけれど。
――――――――――――
紛らわしい
かといって、たとえ
だから帰宅後、財布から抜き出して、机の引き出しの奥へ。
そのまましばらくの間、もうこの千円札については忘れていたのだが……。
一ヶ月以上が過ぎた六月の下旬。
思い出さざるを得ないような出来事に直面する。
何気なく眺めていたネットのニュースの一つに、七月に発行される新紙幣のデザインが載っていたのだ。一万円札と五千円札は、なるほど見たことのない新しい絵柄だったが……。
千円札には既視感があった。
「えっ、これって……!」
驚きながらも冷静に、引き出しから取り出して確認する。
しかし何度見直しても間違いなかった。
クラスコンパで集めた千円札の中の一枚、
「あのコンパの時点じゃ未来のお
なんだかゾッとしてしまう。肌寒い季節はとっくに終わっているのに、背筋が凍るような
(「奇妙な千円札」完)
奇妙な千円札 烏川 ハル @haru_karasugawa
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