第7話 みもちゃんのおかあさんの宝物

 みもちゃんの指がベストに触ると、陽当たりのよい縁側が目の前に現れました。

さっき、みもちゃんが出てきた、おばあちゃんのおうちの縁側です。陽射しがふわりと暖かくて山桃の花が満開でした。


 長い髪をお下げに編んだおねえさんが座椅子に背をもたせて編み物をしています。おなかがまあるくふくらんでいて投げ出した足の爪先にミルク色の子猫がじゃれついていました。


絢子あやこ。ここにいたのか」


 障子が開いて顔を出したおじさんが、お姉さんの隣に胡座あぐらをかいて坐りました。並ぶと目元から鼻の形から二人はそっくりです。


「あれって、おかあさんとそうちゃんだよね?」


 ねむちゃんが指差してそう訊くと、二匹の狐が吹き出しました。


「何を編んでるんだい」


 おじさんになったそうちゃんが言いました。


「赤ちゃんのベストなの。男の子でも女の子でも似合うように、赤と青にしたの」


 おねえさんのおかあさんが得意そうに言いました。


「そいつは名案だ」


 二人がとても楽しそうに笑うので、みもちゃんも一緒に笑いました。


「ねえ、パパ。赤ちゃんが生まれるって、こんなにワクワクするんだね」


「そうだなあ。絢子が生まれた日を思い出すよ」


 そうちゃんおじさんはおかあさんおねえさんのお腹にやさしく触れました。みもちゃんが嬉しくては身じろぎすると、足元に咲いた桜草が揺れました。


「あ、いま、動いた!」


 おかあさんおねえさんが、やさしくおなかを撫でました。


「おや、君はどこの子だい?」


 おじさんが、みもちゃんに気づいて優しい笑顔をむけました。


「こっちにいらっしゃい」


 おかあさんが頬笑んで手招きしました。

 みもちゃんが二人のそばに行こうとすると春の縁側が霞のように消えました。



******


 いま着ている赤いカーディガンもお母さんが編んでくれたものでした。みもちゃんはカーディガンの模様編みを指でまさぐりました。


「みもちゃんが生まれるときも、おかあさんは毎日お参りに来てくれたんですよ」


 右近狐が言いました。


「そうなの?」


 みもちゃんは目を丸くしました。


「みもちゃんが元気に産まれますようにって、毎日神様にお願いしていたんですよ」


 左近狐が言いました。


 みもちゃんは赤と青のベストに腕を通そうとしてみましたが、小さくて肘までしか通りません。みもちゃんはクスクスと笑いました。


「小さくて着られないや。これは赤ちゃんにあげる」


 みもちゃんがそうつぶやいたとき、暗い廊下に急に日の光が差しこみました。

 お社の天井が透きとおって、冬の澄みきった青空が見えたのです。

 まるで楠木の天辺から空を見上げているようでした。


 おごそかに右近狐が言いました。


「もう心配いりません。みもちゃんのお願いは神様にちゃんと届きました」


 左近狐も言いました。


「おかあさんも赤ちゃんも大丈夫ですよ」


「ほんとう? きつねさんたち、ありがとう!」


 みもちゃんは嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねました。


「このたからものはお返しいたしましょう。どうぞお取りください」


 右近狐が言いました。


「持っていっていいの?」


「誰も着なくなったら、返してくださいね」


 左近狐が言いました。


「うん。きっと返しにくる」


 みもちゃんは約束しました。


 廊下の一番奧に、入ってきたのとそっくりな木の格子の扉がありました。

 扉を開けると木洩れ日を浴びるきざはしがあり、シッポを揺らして狐たちが降りてゆきました。一番最後の段を降りて、みもちゃんが振りかえると、楠木稲荷のお社の扉が閉まりました。 その扉はさっきたしかに右近狐が鍵を開けてくれた扉です。今はまた錠が下りています。


「あれれ?」 


 みもちゃんが首を傾げているうちに、二匹の狐はするりと台座に登って澄ました顔で動かなくなりました。

 みもちゃんは二匹の石の狐を何度も見比べると、うふふと笑いました。


「右近狐さん、左近狐さん、ありがとう!」


 さっきまで話しかけてくれた狐が石に戻るというふしぎに気づくには、みもちゃんはやはり小さかったのです。


 おかあさんのたからものを大事に胸に抱えると、みもちゃんは来た道を戻ってゆきました。遠ざかる赤いカーディガンへ、楠の木の梢がいつまでも揺れていました。


               了

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おかあさんの宝物 来冬 邦子 @pippiteepa

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