第6話 だれかのおかあさんの宝物
棚に並んでいるものは、どれもこれも古くて色が褪せたものばかりでした。
「たからものって、もっとピカピカなのかと思った」
みもちゃんが言いました。
「楠木稲荷の宝物は、だれかのおかあさんが大事にしてきたものばかりなんですよ」
左近狐が目を細めて笑いました。
「これはだれのたからもの?」
色褪せた虫取り網が、棚に立て掛けてありました。竹を曲げて拵えた枠に薄い木綿のきれで作った網が糸でしっかりと縫い止められています。
「これは、みもちゃんのおじいちゃんの、おかあさんの宝物です」
「おじいちゃんのおかあさん」
「みもちゃんのひいおばあちゃんですね」
みもちゃんが二つになる前に亡くなったおじいちゃんを、みもちゃんは憶えていませんでした。
「手に取ってごらんなさい」
左近狐が言いました。
みもちゃんが竹の柄にそっと
ランニングシャツにだぶだぶの半ズボンをはいた男の子が、脱げてしまった麦わら帽子を背中にたらして、蝉時雨の木立の間を駆けてゆきます。虫取り網を握りしめた男の子の頭の上を、銀色に光るオニヤンマが飛んでいました。
オニヤンマが枝をよけて低く飛んだとき、虫取り網が素速く横にさっと振られまし
た。
「とった!」
汗みずくになった男の子と、みもちゃんが同時に叫びました。
振り向いた男の子の顔に、みもちゃんはびっくりしました。
みもちゃんのおかあさんにそっくりだったのです。
「そのトンボ、どうするの?」
思わず、みもちゃんが聞きました。
「おかあさんに上げるんだ」
男の子は誇らしげに言いながら、網の中に手を入れてオニヤンマの羽をそっと摘みました。
「そうちゃん。どこ?」
木立の向こうから優しげな女の人の声がきこえました。
「はーい。ここだよお」
男の子は「またね」とみもちゃんに頬笑むと、声の方に走ってゆきました。
その背中と一緒にまぶしい夏木立が消えると、元の廊下で狐たちがふふふと笑いました。
「あれ、いなくなっちゃった」
みもちゃんはキョロキョロしました。
「いまの男の子が、みもちゃんのおじいちゃんです」
右近狐が言いました。
「おじいちゃんは子どもの頃、そうちゃんと呼ばれていました」
「おかあさんが呼んでたね」
「そうちゃんが毎日トンボやカブトムシをプレゼントするおかげで、そうちゃんのおかあさんは苦手だった虫が平気になったそうです」
「へええ、そうなんだ」
みもちゃんも、うふふと笑いました。
そうちゃんと一緒に遊びたいなと思いました。
******
おじいちゃんの虫取り網の隣には、赤と青の毛糸で編んだ小さなベストが飾られていました。
「これ、みもちゃんのだよ!」
みもちゃんが叫びました。
「いいえ。みもちゃんのおかあさんのたからものです」
右近狐と左近狐がうなずきました。
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