第5話 楠木稲荷の宝物

 廊下の片側の壁には低く作りつけた飾り棚がありました。棚と廊下はどこまでも延びています。そして、そこにはいろいろなものが並んでいました。


「こちらはすべて、楠木くすのき稲荷いなりの宝物でございます」


 先を歩く右近狐が言いました。


「たからもの! わあ、すごい!」


 みもちゃんはわくわくして目を輝かせました。キラキラ光る宝石や魔法のこびんとか、絵本やアニメで見たようなものかしら。でも最初に目に入ったのは、おうちでよく見かけるものでした。


「これが、たからものなの?」

 

 飾り棚には、飴色あめいろの木のお箸が一ぜん飾ってありました。

 片方はきれいですが、もう片方は傷だらけです。


「これは一寸法師のおかあさんの宝物です」


 みもちゃんの後から左近狐が言いました。


「一寸法師のおかあさん?」


「このお箸をかいにして一寸法師が都へ旅立ったのです。一寸法師のお母さんはとても大切にしていらっしゃいました」


「どうして片方だけボロボロなの?」


「オールと違って舟の櫂は一本ですからね。一本は予備に取ってあったのですが、打ち出の小槌こづちで背が伸びてからは使う機会がなかったそうです」


 その隣には黒ずんだ紙のようなものが広げてありました。


「これは、桃太郎のおかあさんの宝物です」


 と右近狐が説明しました。


「桃太郎が鬼退治に行ったときに、キビダンゴを包んだ竹の皮なんです」


「なんだか汚いねえ」


「桃太郎が無事に帰ってきたのが嬉しくて捨てられなかったそうですよ」


 その隣には、大きな黒い岩の塊が棚からはみ出していました。


「これ、なあに?」


「岩でこしらえたウサギさんです。頭と手足が自由に動くようになっています」


「ウサギさん?」


 たしかによく見ると、長い耳のついた頭と、ころんとした四つ足が胴体に繋がっています。みもちゃんの仲良しのぬいぐるみのモモにそっくりです。


「大きいねえ。誰が遊んだの」


「鬼ヶ島の鬼の大将です。これは鬼のおかあさんの宝物ですよ」


「桃太郎さんが退治した鬼?」


「ほんとうは退治したんじゃなくて、桃太郎さんに宝物を分けてあげただけなのですよ」


 右近ギツネが言いました。


「鬼さんは優しい人で、桃太郎さんとは仲良しになりました」


 左近狐も言いました。


「そうなんだ」


 喧嘩けんかのきらいなみもちゃんは嬉しくなりました。


「鬼さんにもおかあさんがいるの?」


「もちろん。鬼さんにだっておかあさんはいます。鬼の大将は小さい頃、泣き虫だったそうです」


 みもちゃんが笑うと廊下が少し明るくなりました。

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