第4話 みもちゃんの涙

「あ、痛い……」


 お母さんは急に顔をしかめて下腹を押さえました。そして「痛たた」と庭先で坐りこんでしまったのです。


 ちょうどそこに、おばあちゃんが買い物から帰って来ました。おばあちゃんはおかあさんをお茶の間のソファーに寝かせると、急いで、みもちゃんのおとうさんに電話をかけました。大急ぎで帰ってきたおとうさんは、おかあさんを抱きかかえて車に乗せて病院に行ったのです。あっという間のことでした。


 みもちゃんは泣きながら「ごめんなさい」とおばあちゃんに謝りました。


「みもちゃんのせいで、おかあさんのお腹が痛くなっちゃった」


「ううん。みもちゃんのせいじゃないわよ。だいじょうぶ」


 おばあちゃんは、ぎゅうっと、みもちゃんを抱っこして、背中をぽんぽんしてくれました。


「みもちゃんは良い子。心配しなくていいのよ。お母さんたち、すぐ帰ってくるからね」


 でも、お父さんが一人で帰ってきたのは夜遅くでした。

 お母さんは赤ちゃんが産まれるまで入院することになったのです。




******


 みもちゃんは新しく涙をこぼしました。


「いたい、いたいって言ってたの。きつねさん、おかあさんを助けてください」


うけたまわりました!」


 右近狐と左近狐は声を揃えてそう言うと、右と左にシッポを揺らしました。神主さんの御祓おはらいのようでした。それからおやしろきざはしの前に二匹並んでぴたりと坐りました。


 狐たちは尖った鼻先を並べて楠の木を仰いだまま動かなくなりました。

 みもちゃんも狐たちを見つめたまま、じっと息を詰めていました。

 突然、二匹の狐はコンコンコンと三回、声を揃えて鳴きました。すると楠の木の天辺から、シャンシャンシャンと鈴を振るような音が三回聞こえました。

 振り向いた狐たちは、目を細めてにっこりと笑いました。


「こちらへどうぞ」


 二匹の狐は階を上がり、両開きの扉の前でみもちゃんを呼びました。

 弓のような形の錠を右近狐がカチャカチャと開けるあいだ、左近狐はねむちゃんの隣に坐って待っていました。


「どうぞお入りください」


 扉が開きました。ふさふさした黄金色のシッポの後から、みもちゃんもおそるおそるついてゆきました。扉の奧には薄暗い廊下がどこまでも続いていました。楠木稲荷のこぢんまりしたお社の中が、こんなに長い廊下だったなんて、ちっとも知りませんでした。


 みもちゃんはどきどきしながら廊下に足を踏み入れました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る