第3話 赤と青のベスト

 おかあさんは昨日まで、毎日欠かさず、みもちゃんを連れて楠木稲荷にお参りに来ていました。


「赤ちゃんが元気に産まれてきますように」


 日に日に丸くなるお腹をさすりながら、おかあさんはお稲荷様にお願いしていたのです。


 昨日の昼下がりのことでした。

 日当たりのよい縁側で、みもちゃんとぬいぐるみのウサギのモモがおままごとをしていると、おかあさんが大きな段ボールの箱を抱えてきて「よっこいしょ」と、モモのとなりに坐りました。

 みもちゃんはモモの着替えで忙しかったのですが、箱の中身をひょいとのぞきました。


「それなあに?」


「赤ちゃんの服よ。ほら見て」


 おかあさんは、きれいにたたまれた服を、ひとつ取りだして床に広げました。

 タンポポ色のパジャマみたいな服にはクマさんのアップリケがついていました。ボタンがなんだかいっぱいあって、ふしぎな形をしています。そしてよく見ると茶色いシミがあちこちにとんでいました。


「変なの」とねむちゃんがつぶやくと「そうだよね」と、おかあさんが笑いました。


「赤ちゃんの服は上と下がつながってるから、こんな形なのよ」


「これ、赤ちゃんの服?」


「そうよ。みもちゃんが赤ちゃんだったときに着てたのよ」


「みもちゃんが?」


「みもちゃんはこの服を着て、おっぱい飲んでたのよ」


「うそだあ」


「ほんとうだってば」


 おかあさんは声をあげて笑いました。

 そして小さな服を懐かしそうに何度も触りました。

 その次におかあさんが取り出したのは、赤と青の毛糸で編んだベストでした。

 編み込みのある可愛いベストはうさぎのモモにちょうど良さそうな小ささでした。


「それ、みもちゃんにちょうだい!」


 目を輝かせたみもちゃんはベストに手を伸ばしました。


「あら、ダメよ」


 おかあさんはクスクス笑ってベストを引っこめました。


「みもちゃんにはもう着られないでしょ。赤ちゃんに着せてあげようね」


「やだっ」


 みもちゃんは自分でも驚くほど大きな声を出しました。


「みもちゃん?」


 おかあさんは目を丸くしてみもちゃんを見つめました。


 赤ちゃんが生まれると聞いてから、みもちゃんはときどきわけもなく心細くなるのでした。 おかあさんの手をずっと握りしめていたいような泣きそうな気分になるのです。


「やだ! やだ! これはみもちゃんの! 誰にもあげないの!」


「みもちゃん! だめよ!」


「やだ! やだ! やだ!」


「みも! わがまま言わないの!」


 みもちゃんがお母さんの手からベストをひったくると、勢いがついて庭の方に飛んで行ってしまいました。


「こら! みも!」


「みもちゃんが探してくる!」


 おかあさんとみもちゃんは庭に出て探しましたが、まるで消えたかのように、赤と青のベストはどこにも見つかりませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る