第2話 右近狐と左近狐
路地の突きあたりに、大人の背丈ほどの朱い鳥居がありました。
その後ろには大きな楠の木がそびえています。小山のように根を張って、黒々した太い幹から幾重にも枝分かれした梢が、天に向かって幾千枚もの葉を茂らせていました。
楠の木の根元には、おうちの冷蔵庫くらいのお
女の子はカーディガンのポケットに小さな手を入れると、ピカピカ光る五円玉を取り出して賽銭箱の細い
女の子がぎゅっと目を閉じて手を合わせて、ぱっと目を開けた、そのときでした。
左側の狛狐が、上げていた右の前足をとんと地面に下ろして言いました。
「ようこそ
右側の狛狐も左の前足をとんと地面に下ろして言いました。
「ようこそ楠木稲荷へ。
実った稲穂の色をした二匹の狐は、同時にするりと台座を下りると、目を丸くしている女の子の顔を並んで見上げました。その鼻先はちょうど女の子の胸の高さでした。
「みもちゃん。一人で来てくれるなんて珍しいですね」
「みもちゃん。今日はどんな御用ですか」
みもちゃんのこわばっていた肩先から力が抜けました。石であってもなくても狐が話しかけるという不思議に気づくには、みもちゃんはまだ小さかったのです。
「あのね。みもちゃん、ね」
すんと鼻を鳴らしたとたん、つぶらな目からポロポロと涙がこぼれはじめました。
「ええん。ええん」
みもちゃんはしゃがみ込んで泣きだしました。
「おや。いったい、どうしましたか」
「わたくしたちにお話ししてごらんなさい」
狐たちは優美な目を細め、左と右から、みもちゃんの濡れた頬を舐めました。
みもちゃんが両手をのばすと狐たちの柔らかな毛が指に触ました。二匹の狐はみもちゃんを包みこむように左右から身を寄せました。
ふわふわと暖かい狐に挟まれていると、さっきほど悲しくなくなりました。
「おかあさんが、にゅういんしちゃったの」
みもちゃんはそう言うと、ズボンのポッケからティッシュを出して鼻をかみました。
「それは大変だ」
「お病気ですか」
狐たちがそっくりな鼻を並べて、みもちゃんの顔をのぞきこみました。
「ううん。赤ちゃんがうまれるんだって」
「なるほどね」
「そうでしたね」
狐たちはそっくりな顔を見合わせてうなずきあいました。
もうじき赤ちゃんが産まれるので、おかあさんはみもちゃんを連れておばあちゃんのおうちに泊まっています。おばあちゃんはおかあさんのおかあさんで、おばあちゃんのおうちは、もともとおかあさんのおうちでした。だから楠木稲荷はおかあさんが子どもの頃から親しんできたお稲荷様だったのです。
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