おかあさんの宝物

来冬 邦子

第1話 小さい みもちゃん

 こちらのお宅の蠟梅ろうばいが咲きましたよと、朝からメジロが呼んでいます。陽射しが届きはじめた庭先には、昨夜のおでんを温める匂いが漂っていました。湯気にくもったサッシ戸がカラカラと引き開けられると、草の実をついばんでいた雀たちがパタパタと逃げてゆきます。


 縁側に出てきたのは赤いカーディガンを羽織った小さな女の子です。

 カーディガンの袖口はすこし余っていて、下にピンクのスウェットの上下を着ています。


 女の子は濡れ縁から足を垂らして小さなミュールをつっかけると、黒く湿った地面に降りました。福寿草を踏まないように気をつけながら庭のはずれまでゆくと、山桃の木に隠れている裏木戸にたどりつきました。かんぬききしませて木戸を開けると、北風が沈丁花じんちょうげの香りを連れてきます。


 板塀に挟まれたせまい路地を、女の子はコトコトと靴を鳴らして駆けてゆきました。

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