【短編】僕、雪は結構好きなんですよ。

キャプテン・ふっくん

第1話 雪が降る町で、すれ違う

 目の前のその女性ひとは、微笑んでいた。雪がしんしんと降る寒空の下、寒さで頬が紅潮しているから、年齢よりも幼く見えてしまう。


 学校から帰る道すがら、北陸の冷たい風が、彼女の引き込まれてしまいそうな黒い髪を揺らしていて……それを見ている僕の目は泳いでいたんじゃないかと思う。


「やっとだ。や~っと、この町からオサラバできる」

「……まだあと数ヶ月あるでしょ」

「いやあ、もう心は東京にあるね。幸村ゆきむら君、私の事はシティガールと呼びなさい」

「本当にそう呼びますよ?」

「ごめん、やっぱ無しで」


 あと数ヶ月でこの女性ひと三島愛理みしまあいり先輩は沙夢杉さむすぎ高校を卒業して……東京に行くらしい。


 普通より早い段階で入試を突破してから、「早く出ていきたい」と言うようになった。


 僕は先輩が、そんなにもこの町に嫌気がさしていることを知らなかったので、東京に出ていくことも何もかもが青天の霹靂だった。いや、この時期の北陸は曇天なのですが。


「そんなに、この町が嫌だったんですね」

「だってさ、魅力に関しては『ないんだな、それが』状態じゃん?」

「他県の話ですよ、それ」

「この前、入試で東京に行ったらさあ……新幹線で高崎に着いたあたりで景色が変わったんだよ。長いトンネルを抜けると、雪国ではありませんでした。ホントに同じ国? って思ったね。雪が無いなんて、最高だよ」


 三島先輩は、まるで自分が舞台で演じているかのような大袈裟な身振り手振りでそう言った。今まで見てきた先輩とは少し違う、何かに酔っているようなその様子に少し気持ちがざわついてしまう。


「雪、嫌いなんですか?」

「嫌いだよ~! だって、電車止まるじゃん! 何度『この遅れは途中の駅で回復する場合があります』って聞いたことか! 雪が降るたびにこれじゃあ、発展するわけもないよね」

「あれ、遅れが回復した試しがないですよね」

「そうそう! 後、単純にすっ転びそう。ヒールとか履けないよね」

「それはまあ、そうかもしれないですね。知らんすけど」

「でも、東京にはそんな煩わしさがないの! 凄くキラキラしてて……すんばらすぃよね」


 あまりにも無邪気に笑うその顔は、なんだか「俺、将来大統領になる!」っていうアホ小学生みたいだった。そう見えるのは、僕がスレてる面倒な男だからだろうか。


 降る雪に合わせて、くるくる、ひらひらと変な踊りをする先輩を見て、転ぶんじゃないかと思った僕だが、「危ないですよ」と言うことはなかった。


「じゃあ、僕こっち方面なんで」

「ほいほい。じゃあまた明日〜」


 駅に着き、僕は階段を登って反対方向の改札に向かう。もっと栄えた駅の改札なら、ここで別れる事はないのだろう。


 先輩が乗る方の電車が先に着いて、先輩が乗り込む。窓越しに、入り口付近にカバンを置いてスマホを覗き込む先輩が見えた。何もかも、普通の女子高生に見える。




 ――――先輩。僕、雪は結構好きなんですよ。


 教室の窓越しに初雪に気づいて、一瞬だけ盛り上がるクラスも。

 結構積もった日の朝に、父と車の雪下ろしをしている時間も。

 部活終わりに雪だるまを作って、雪合戦するあの時間も。

 小学生の頃飼ってた犬がおしっこして、雪が黄色くなったのを見て笑った思い出も。

 誰かがカマクラを作ろうとして、途中で諦めた残骸を見るのも。


 鼻とかまつ毛とかに雪が乗ってる先輩を見るのも。


 それがこの街の普通で、僕はそれが好きなんですよ。


 それが貴女と分かり合えないのは、結構辛いです。


 

 

 僕が乗る、先輩のとは反対方向行きの電車が来た。開くドアを待って、電車に乗ると暖かく湿った空気が僕を迎える。


 行き違いを待っていたあっちの電車に乗る先輩の姿を見ないように、背を向ける様な席をあえて選んで座った。車掌の声がした後にドアが閉まり、程なくして電車が動き出す。


 その後、家に着くまで何を考えていたかあまり思い出せない。


 でも、外はとても寒いのに、冷えてしょうがないのに、僕の心はそれよりも冷めてしまったあの感覚だけは覚えている。






 ――――あれから、何年経っただろうか。


 粉雪がひらひらと降る道の先に、僕の方を見て笑う1人の女性がいた。寒さで頬を紅潮させているが、幼くは見えない。


「幸村くん、だよね?」


 聞き覚えのあるその声に、息が詰まりそうになった。でも、その顔は見覚えのあるものとは変わっている。それは、化粧などで垢抜けた、とかの理由ではない。


「貴女は……三島先輩、ですか?」

「そ。久しぶりだね。元気してた?」


 首を少し傾げるように微笑む姿が……ほんの少しだけ、あの時の面影と重なる。


「まあ、ぼちぼちです」

「なんじゃそりゃ。なんか、変わんないね」

「そう……ですね」


 僕が目を逸らして、歯切れの悪い返事をしたのを見て、先輩が少し目線を下げて笑う。自嘲しているみたいだった。先輩本人は、結構変わってしまったから。


 あの時と変わらない雪模様の空の下、あの時とは変わってしまった陰のある表情で、この女性は寂しく笑っている。


「東京はどうですか?」

「ん? ん〜……。キラキラ、してるよ。」

「そう……ですか」


 キラキラしてるものを思い浮かべたとは思えない顔で、顔を背けて、街灯の方を見て……先輩はそう答えた。


「でも……ここの方が冬は寒いけど、東京はなんと言うか……冷たいかも」

「そうなんですね」


 頭があまり回ってないのか、それともいつもこうなのかは分からないが、気の利いた返事ができない。


「幸村くんはさ――」

「パパぁ。誰とお話ししてるの?」


 気がついたら、足元に愛娘の深雪みゆきがいた。僕のコートの裾を可愛らしく引っ張っている。


 それに、後ろから妻のまいさんも来た。夫が見知らぬ女性と向かい合って話しているのを、怪訝そうな顔で見ている。


「ん、パパが高校生の頃の先輩と偶然会って、話してたんだ」


 妻に聞こえる様に、そう言う。怪しいことなんか無いんだからね! とアピールするように。アピールも何も、本当に何にもないのだが。


「……もう君も、家庭を持ったんだね」

「そうですね。僕にはこの子が、キラキラして見えます」

「そ……うなんだ」

「はい。せっかく会えた所ですが、失礼します。……さようなら」

「はは……うん、じゃあね」


 お辞儀をして、すぐ振り返って見ないようにしたが、先輩はどんな顔をしていただろうか。


 あの時冷えた熱が、そのままの温度な事に少し安心する。


「パパぁ、耳真っ赤だよ。」

「もう寒いからねぇ」

「抱っこして! 耳あっためてあげる!」

「ふふ……じゃあ、お願いしようかな」


 娘をそっと抱き上げ、可愛い手袋を付けた手で耳を温めてもらった。その手袋も雪で冷たくなっていたが、それも含めて全てが暖かく、愛しい。


 好きなものは変わらない暖かさを持っていて、雪の冷たさはそれを改めて気づかせてくれる。


 だから僕、雪は結構好きなんですよ。

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