第4話 決戦の刻
「はぁ……はぁ……」
幸い4階の階段近くにエイリアンはおらず、俺は無事屋上の扉までたどり着いた。
「……外にどれだけ奴らがいるのか分からない。モス、もしかしたらお前と喋れるのはこれが最後かもしれない。」
屋上の扉を開いた瞬間、見覚えのある人影が俺を待ち構えていた。
「よおレイ、久しぶりだな」
「タカシ……」
立花タカシ、高校からの同級生で、大学も同じ所に通っていた。右腕を失くした俺のことを気遣ってくれたのがタカシで、俺もタカシのことを信頼していた。間違いなく俺たちは親友だった。
「まさか、お前が今回の事件を引き起こしたのか?」
「わかるだろ? 俺とお前には、切っても切れない縁がある。忌々しいほど太くて汚い縁だ」
俺とモスが初めて対峙した敵、それはハエ型エイリアンに寄生されたタカシの両親だった。
「レイくん、もっと触って……?」
今でもその声をはっきりと覚えている。タカシのお母さんは、その若々しい体で俺を誘惑し、その隙にモスを奪い取った。
「こんなところに隠れていたのね、悪い子」
「何すんだお前、放せ、そういう乱暴な持ち方をするな!」
俺はタカシ母に睡眠薬を盛られ、暴れて抵抗するモスの手助けもできず眠ってしまった。
目が覚めると、俺はいつもの日常に戻っていた。
「あれは、夢だったのだろうか……」
しばらく茫然と過ごしていた俺だが、ある時倉庫にモスが幽閉されているのを見つける。
だが外に出て逃げ出そうとしたときに、姿かたちまで半分エイリアンにされてしまったタカシの父に捕まった。
「コノママ、コロシテイイノカ」
「ええ、2人とも殺しちゃって!」
「うわぁぁぁl!やめろぉぉ!」
俺は咄嗟にタカシ父の金的を蹴り上げ、怯んだ隙に倉庫にあったハンマーで2人を殺した。そして2人の遺体を倉庫に残して逃げたのだった。
「タカシ、やっぱりエイリアンと手を組んでいたんだな。両親の遺体を運んだのもお前か」
「ああ、あれから俺は何度もお前のことを殺そうと刺客を送った。だがお前はそれすらもはねのけて、俺から全てを奪い取った!」
事件の後、倉庫を尋ねると2人の遺体が無くなっていることに気付いた。誰が動かしたのか、それはタカシの家の風呂場に安置されていた。
2人の遺体からは黒いぶよぶよした何かが発生し、その中で何個もの卵がうごめいていた。
俺とモスが入り込んだときにそれは一斉に孵化し、どうしようもなくなった俺はタカシの家ごとエイリアンの幼虫を燃やした。
間違いない、俺はタカシから家も家族も全てを奪い去ったのだ。
「あれは仕方のないことだったんだ……! みんなを守るために、こうするしかなかった」
「こうするしかなかっただと! 自分は人間を守って女も作ってヒーロー気取りかよぉ!」
タカシが一歩ずつこちらに近づいてくる。すると体の節々が変化し、次第に2本の腕と大きな羽が現れた。
「お前まさか、自分の身体を捨てたのか⁉ 俺なんかに復讐するために…!」
「捨ててなんかない! これで俺はようやく、父さん母さんと同じ道を進めたんだ!」
みるみるうちにハエ型エイリアンの姿に近づいていくタカシ。
「その繭を置け、俺は蛾になんて用はないし、どうせもう死んでいるんだろう」
「まだモスは死んでない! 勝手に決めつけるな」
「なら、ここで決着をつけよう。俺が勝てば、その繭をぐちゃぐちゃに踏みつぶしてやる」
「……ああ、上等だ」
ゆっくりと繭を下に置き、少し痛みが引いてきた左手で銃を構える。
「そんな身体で銃が撃てるのか? まあ撃ててもお前に勝ち目はないがな」
「なっ⁉」
一瞬で距離を詰めてくるタカシ。直後みぞおちにとんでもない衝撃が走った。
「がはっ……!」
まるで腹部を砕かれたかのように、ゆっくりと膝をついて倒れ込む。
「ほらほら大事な繭を守ってやれよ! ヒーローさんよぉ!」
何度も何度も俺の背中を蹴り飛ばすタカシ。その威力は人間の物ではない。
「……ごめんタカシ! お前の事、お前の家族のこと助けられなくて……!」
「もういいよ、全部過ぎた話じゃないか」
急に蹴るのをやめ、しゃがみこんで俺の顔を覗き込むタカシ。
「ぶっちゃけ、もう親がどうとか家がどうとかなんてどうでもいいんだ。ただ俺は今、お前をボコボコにできてこの上なく楽しい」
「いってぇ! 痛い痛い痛いっ!」
首根っこを掴んでそのまま捻り上げようとするタカシ。激痛が走る上に呼吸もできない。
「お前を殺して、あの蛾野郎もお前の彼女も殺してやる! 残念だな! お前はヒーロー気取りの癖に、何も守れない!」
「あぁ……あぁ……!」
意識が遠のく。必死に周囲を見渡すと、どんどんハエ型のエイリアンが集まって来ていた。
(ごめんモス……俺はお前を守るっていう約束を守れなかった……)
だがその時、抱えていた繭が突然ビクンビクンと動き始めた。
「なんだコイツ……!まだ生きてたのか!」
ようやくタカシの手から解放される俺。
「ごほっ……モス! 生きてたのか、やっぱり生きてたんだな!」
「まさか……まさかもう羽化するっていうのか!」
繭はどんどん大きくなり、あっという間に俺の身長に達した。
そしてゆっくりと繭が裂けていき、白い大きな羽が姿を現す。
なんと美しい瞬間だろうか。俺もタカシもエイリアンたちも、その羽化の瞬間に目を奪われていた。
「ああ、ずいぶん長い眠りについていたようだ」
繭の中から声が聞こえる。白い羽は月に照らされ徐々に鮮やか七色に変わっていく。
やがて繭は大きく2つに割れ、中から巨大な蛾、モスの本当の姿が現れた。
「レイ、ここまでオレを守ってくれてありがとう。次はオレがお前を守る番だ」
モスは大きな羽を広げ、闇夜の大空に羽ばたいた。
———物語は続いていく———
蛾王 秋一番 @Aki1ban
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