大魔導士ディックと雪の記憶

異端者

『大魔導士ディックと雪の記憶』本文

 粗末な小屋で兵士は、その老人にうやうやしく頭を下げた。

 剣と魔法の世界、ゼン・ラ。

 老人は、そこで絶対的な力を持つ大魔導士ディックだった。

「リアン……と言ったな?」

「は、はいっ!」

 兵士、リアンは恐る恐るといった様子で頭を上げる。

 彼は王の使いで、離れ小島にいるディックの所にやってきたのだった。

「それで、王は王都周辺の雪を消してほしいと言われたのだな?」

「はい! その通りです!」

「残念だが、その依頼は受けることはできん」

 リアンの顔に明らかな落胆が浮かんだ。

「なぜ……ですか?」

「そうだな、理由を話さねばならんか……」

 ディックは遠い目をして、かつて過ぎた日々を思い出しながら語りだした。


 ディックはその時、今にして思えば未熟だった。

 もちろん当時は大魔導士とは呼ばれておらず、一介の魔導士に過ぎなかったが。

 彼はまだ若かった。それでも魔法で大抵のことはできたから、若者にありがちな全能感を持つのも仕方がないことだった。

 そんな時の冬、ある寒村から依頼が来た。

「雪が辛くてたまらない。なんとかしてくれないか」

 彼は村に向かった。

 既に雪はいくらか降り積もっている最中で、雪下ろしの作業をしていた。

「毎年毎年、雪かきや雪下ろしが大変でたまらんのです」

 依頼してきた村長は、そう言って顔をしかめた。

 確かに、それは大変そうに見えた。

 ディックは、雪がこれ以上降らないように魔法を唱えた。

 巨大な緋色ひいろの魔方陣が空に描かれ、それが広がって消えていった。魔法が周囲一帯に展開したのだ。

「これで、一冬ひとふゆは雪がこれ以上降ることはないでしょう」

 彼は降雪が止まったのを確認してそう言った。

「ありがたい! なんとお礼を言っていいか……」

 村長は報酬とは別に彼を大層もてなして、尊敬の眼差しで帰した。


「こうして、その冬はその一帯の雪が降らなくなった」

 ディックはそう言うと、大きなため息をついた。

「それなら、上手くいったのでは? それなのになぜ、今回は断るのですか?」

 リアンは理解できないという様子で言った。

「問題は、その後だった」

 ディックは苦々しげにそう言った。


 彼は、一安心して帰り着くと、その後も様々な依頼をこなした。

 そのどれもが成功し、全ては上手くいっている――そう信じていた。

 だが、その自信は春先になって易々と打ち砕かれた。

「さて、どうしたものでしょうか? 実は――」

 再び依頼してきたのは、あの村だった。

 彼は現状を確かめようと、村へと向かった。

 困り果てた顔で村長が迎えた。

「冬場に雪があまり降らなかったせいで、雪解けの水が少なくなってしまって――」

 村長が言うには、川や井戸の水が著しく減ってしまい、このままでは農作業に支障が出るとのことだった。

 彼はそれを何とかしてほしいと、ディックに言ってきたのだ。

 確かに、川の水はみすぼらしく、チョロチョロとしか流れていない。

「それなら、雨を降らせる魔法を唱えれば……」

 ディックはそう言って、また魔法を唱えた――が、魔法陣が展開されるだけで一向に効果が出なかった。それを何度か繰り返してようやく、先に唱えた雪止めの魔法に阻害されているのだと気付いた。

 自身が唱えた魔法を打ち消すのは、よほど高度な技術がないと難しい。一度口にした言葉が容易に取り消せぬように。

 彼は考え付く限りの方法を試してみたが、どれも上手くいかなかった。

 結局、以前来た時とは違って、侮蔑の眼差しを向けられて帰っていった。


「……それ以来、その村から依頼が来ることはなかった」

 ディックは話をそう締めくくった。

 リアンは言葉を発することができなかった。

 少しの沈黙の後、ディックは言った。

「その時、私は初めて知った。何の考えもなしに言われたままにしては駄目なのだと。どのような結果になるか、責任を持って自身の考えで行動できてこその魔法なのだと……」

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