雪だるまから出てきた者は
烏川 ハル
雪だるまから出てきた者は
外へ出ると、銀世界が広がっていた。
昨夜から今朝にかけて降った雪が、すっかり積もっているのだ。
まだ完全にやんだわけではなく、パラパラと少し続いている。でも、どうせコンビニまで弁当を買いに行くだけだ。この程度ならば、傘を差す必要もないだろう。
ダウンジャケットを着て、ニット帽を被り、手袋やマフラーも。
自分としてはあたたかい格好をしたつもりでも、外の空気は寒く感じる。
冬用の靴なんて持っていないから、足はいつものスニーカーだ。もしもサクサクの新雪ならばズボッと埋まって大変だったかもしれないが、歩道の雪は踏み固められて
この辺りはそれほど雪が降らない地域であり、今年は30年ぶりの大雪だという。
30年前といえば、まだ私は幼い子供であり、当時のことはよく覚えていない。ただ、物珍しさから雪が降るのを喜んだり、近所の子供たちと一緒に雪の中で遊んだりしたのは、
――――――――――――
最寄りのコンビニまでは徒歩10分。
雪の影響で商品の入荷が遅れているらしく、いつもよりも品薄。おにぎりもサンドイッチも少ないし、弁当に至ってはひとつしか残っていなかった。
まあ一個あれば弁当は十分であり、ついでに飲物やスナックなども購入。バイトの「ありがとうございましたー!」という言葉を背に受けながら、コンビニを出たのだが……。
歩き始めて2、3分くらいだろうか。住宅街の裏路地に入った辺りで、妙な視線を感じた。
コンビニの近くには人通りもあったけれど、ここまで来れば誰も歩いていない。軽く立ち止まり、周りを見回しても、私一人なのは間違いなかった。
「気のせいかな……?」
自分に言い聞かせるように呟いてから、再び歩き始める。
しかし、相変わらず背後からの気配を感じて、なんだか気分がザワザワする。
だから……。
「誰だ!」
叫びながら突然、ガバッと振り返ってみた。
もしも私を
だが、それは考えすぎだったのか。やはり誰もおらず、視界に入ってくるのは、周囲の民家やその塀のみ……。
「……いや、あれは何だ?」
雪に紛れてわかりにくかったけれど、よく見れば、斜め後ろの電柱の影。そこに白い塊が鎮座していた。
ちょうど成人男性くらいの大きさであり、一瞬ギョッとするが、人や動物の
顔や帽子、腕などの装飾も一切ない、純白の雪だるまだった。
「なんだよ、脅かしやがって……」
無生物である雪だるまが、こちらに視線や気配を送ってきた
ならば、やはり単なる気のせいだったのだろう。
そう自分を納得させて、また歩き始める。
そのうちに、いつのまにか怪しい気配も感じなくなったのだが……。
――――――――――――
左側に大きな公園があり、次の角を曲がれば自宅。そんな場所まで来た時だ。
急に再び、不穏な気配が復活したのだ。
しかも、先ほどよりも激しい。なんだか嫌な予感がする、というレベルだ。
そして先ほどまでとは異なり、今度は背後からでなく、左の方から気配が発せられていた。
そちらに視線を向けると……。
「……!」
驚きのあまり、絶句してしまう。
私が目にしたのは、公園の片隅にある雪だるま。ちょうど先ほどの雪だるまと同じくらいの大きさで、飾り付けがないのも同様だ。
まるで先ほどの雪だるまが先回りしてきたかのような、そんな錯覚に陥ってしまった。
「……いや『錯覚』だよな。雪だるまが歩いてくるはずもないし」
体感時間としては長かったけれど、実際には数秒以下だろう。
言葉を取り戻した私は、公園に寄り道。雪だるまの方へ、ツカツカと歩み寄った。
本来ならば、せっかく誰かが――おそらくは子供が――作ったであろう雪だるまなのだから、他人の私が手を触れるべきではないのだが……。
なんだか腹が立ってきて、
「雪だるまのくせに、生意気な!」
踏み固められた歩道の雪とは異なり、雪だるまを構成するのは、サクサクした雪だった。だから私の腕は、雪だるまの胴体にズボッと埋まる。
そこまでならば不思議ではないが、問題はその先だった。私の右手は雪だるまの中で、柔らかい何かに触れたのだ。
「……!」
先ほど以上に驚くと同時に、冷静に考えられる頭もあった。
左手にさげていたコンビニ袋を脇に置いて、両手を雪だるまに突っ込み、改めて中身を確認する。雪だるまを壊しながら、雪をかき分けると、中から出てきたのは……。
年齢は5歳か6歳くらいで、着ているものは茶色のセーター。
すっかり冷たくなっている、一人の男の子だった。
どこか見覚えのあるような顔立ちだが、それは二の次だろう。
重要なのは、どう考えても
どうやら私は、死体を見つけてしまったらしい。雪だるまに埋め込まれた、いや、隠されていた死体だろうか。
いずれにせよ、警察に連絡すべき案件だ。
しかし私がスマホを取り出すより早く、男の子が目を開ける。ニヤリと笑みを浮かべながら、口も開いた。
「久しぶりだね、りょうた君。僕のこと、覚えてるかな?」
――――――――――――
言われて思い出した。
すっかり忘れていたのは、自分で自分の記憶に蓋をして、その奥底に押し込んでいたのだろうか。
確か太郎くんだったか次郎くんだったか、そんな感じの簡単な名前だったと思う。
その太郎くん(仮)は、よく一緒に遊んでいた仲間たちの一人。あの30年前の大雪の時も、雪が降る中、公園で一緒に隠れんぼを楽しんでいた。
私が隠れ場所を探す際、視界の片隅に映ったのは、かまくらに入っていく太郎くん(仮)の姿。
そのかまくらは、公園の片隅に放置されていた。私たちとは別の、もう少し年上のグループが作ったかまくらなのだろう。既に製作者たちは去った後であり、かまくらの穴の中は隠れるのに最適と、太郎くん(仮)は考えたらしい。
小さなかまくらだったので、二人で隠れるには狭すぎる。だから私は
そうやって自分が別の場所に隠れた時点で、もう太郎くん(仮)が隠れたかまくらのことは、意識の中から消えていた。
隠れんぼの終わりに太郎くん(仮)だけが見つからず、大騒ぎになっても、私はかまくらの件を失念したままだった。もしも目にすれば意識に蘇っただろうに、私はその日、二度とかまくらを見ることはなかったのだ。
かまくらがあったはずの場所には、ただ大きな雪の塊だけが残っていた。子供心に「雪だるまの出来損ない?」と感じるような、不恰好な雪の塊だった。
しかし実はそれこそが、かまくらの崩れた結果だった。そして翌朝その中から、すっかり冷たくなった太郎くん(仮)が発見されたのだ……。
――――――――――――
「まさか君は……」
私の声は震えていたに違いない。
とっくの昔に亡くなった友達が、しかも当時の姿のまま、雪の中から現れたのだ。
どう考えても超常現象の
私は恨まれているのだろうか。そうだ、謝るべきなのだろう。
しかし、それを口に出すことは出来なかった。
私が言葉を続けようとしたタイミングで、後ろから大きな悲鳴が聞こえてきたのだ。
「きゃあっ!」
ビクッとして振り返ると、公園の入り口に立つ人影が見えた。
長い黒髪の若い女性で、頭には何も被っていないが、体は白いコートで覆われていた。
そんな彼女が、こちらを指差しながら……。
「……ひっ、人殺し!」
どうやら太郎くん(仮)の幽霊は、私だけでなく彼女にも見えているらしい。
ならば彼女は、私が雪だるまに子供の死体を埋め込んでいると思ったのだろう。
急いで弁解すべき状況だった。
「違うんです! この子供は、私が殺したわけじゃなくて……」
「……子供?」
白いコートの女性は、怯えた視線をこちらに向けながら、小さく疑問を口にする。
ハッとして私が前に向き直ると、雪だるまの中にいたはずの太郎くん(仮)の幽霊は、いつのまにか姿を消していた。
代わりに雪だるまに入っていたのは、成人男性の死体。私と同年代……というよりも、高校まで一緒だった幼馴染みであり、30年前の――太郎くん(仮)が亡くなった――隠れんぼでは、鬼をやっていた奴だった。
(「雪だるまから出てきた者は」完)
雪だるまから出てきた者は 烏川 ハル @haru_karasugawa
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