第7話

第七章 星をはめ込む瞬間


フィレンツェの教会には、夕陽が差し込み、オレンジ色の光が祭壇を包み込んでいた。

陽菜とミヤモトは、修復がほぼ完了した教会の中で、欠けたままの星のステンドグラスを見上げていた。


陽菜は最後のガラス片を手のひらでそっと握りしめる。

それは、火災の夜にミヤモトが拾い上げていた「星の中心部分」だった。


「これをはめたら……星は元に戻りますね。」


陽菜は小さく微笑むが、その声には少し迷いがあった。


「本当にこれでいいのかな……」


欠けたままの星は、それだけで十分に美しかった。

ガラス片が欠けていることで、光はより自由に広がり、教会の床に柔らかな模様を描いていた。


ミヤモトは陽菜の隣で腕を組み、静かにその光景を見つめていた。


「無理に埋めなくてもいいかもしれない。」


陽菜は驚いたように彼を見上げた。


「え?」


ミヤモトはゆっくりと続けた。


「星が欠けていたからこそ、ここに集まってるんだろ。」


陽菜の手の中のガラス片が、夕陽を受けて淡く光る。


「でも……欠けたままだと完成じゃない気がして。」


「完成の形はひとつじゃない。」


ミヤモトは教会の中央に立ち、床に映る星の影を踏みしめた。


「俺も、火災のことをずっと後悔してきた。あの日、何もできなかったってな。」


「ミヤモトさん……」


「でも、お前が言ってただろう。」


ミヤモトはふっと笑う。


「欠けてるからこそ、光が差し込むんだって。」


陽菜はその言葉に、思わず目を伏せた。

自分が言った言葉が、いま自分自身の背中を押してくれるなんて思いもしなかった。


ネガティブな思い込みが、「完全にしなければならない」「直さなければならない」という形で陽菜の中にあった。

でも今、ポジティブな思い込みが優勢になろうとしていた。


「……欠けたままでも、完成している。」


陽菜は静かにガラス片を床に置いた。

それをはめ込むことはしなかった。


「このままでも、星は十分に輝いています。」


ミヤモトは満足そうに頷き、星の光を見つめる。


エピローグ 四つの光と星の欠片


教会の修復式には、昼間の商社の四人が再び訪れていた。

伊藤、三浦、住田、三井が、星のステンドグラスを見上げている。


「欠けたままの星か……悪くないな。」


三浦が腕を組んでしみじみと言った。


「普通は全部修復するもんじゃないのか?」伊藤が不思議そうに首をかしげる。


住田がゆっくりと微笑む。


「修復ってのは、必ずしも完全にすることじゃない。時には“欠けたままを受け入れる”のも大切なんだよ。」


「そうそう。」三井が軽く肩をすくめる。

「完全なものって意外とつまらないしな。」


陽菜は四人の会話を聞きながら、祭壇の横に立っていた。


「星が欠けているからこそ、光が広がるんです。」


陽菜が言うと、ミヤモトが隣で静かに頷いた。


「欠けた星が、この教会の象徴なんだよ。」


四人は改めて星のステンドグラスを見上げた。

床に映る光の模様は、欠けたままの形でフィレンツェの教会を静かに照らしていた。


「ポジティブな思い込み」が、「欠けたままでいい」という結論を導いた瞬間だった。


ラストシーン


フィレンツェの街を歩く陽菜とミヤモト。

教会の尖塔の上に輝く星が、夜空に静かに浮かんでいる。


「これで教会も完成ですね。」


陽菜が言うと、ミヤモトは小さく首を振った。


「いや、これで完成じゃない。」


「え?」


ミヤモトはポケットから小さなガラス片を取り出し、陽菜に差し出した。

それは、はめ込まれなかった星の中心の欠片だった。


「お前が持ってろ。そいつがあれば、いつでも“未完成”を完成にできる。」


陽菜は驚きながらその欠片を受け取った。


「……ノーOKカットですね。」


ミヤモトは笑って夜空を見上げた。


「そうだ。まだ旅の途中だからな。」


二人の背中を、欠けた星の光がそっと照らしていた。


──欠けた星は、欠けたままで輝き続ける。

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壊れたら始まる恋もある。 高橋健一郎 @kenichiroh

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