雪の積もらない街に住む僕は、雪景色を見てみたい!

にゃべ♪

僕の住む街には雪が積もらない

 僕の住む街、舞鷹市は瀬戸内海に面していて、冬もそこまで寒くはならない。県内でも山の方はしっかり寒くて雪が積もると言うのに、地元で雪景色は20年以上見られていないのだそうだ。逆に言えば、20年前は雪が積もったと言う話であり、雪が積もる確率がゼロではないと言う事を物語っている。

 実際、雪は降るんだ。ただ、積もるほどは降らないと言うだけで。


 暖かい地域と言うのは、雪が積もるハードルが高い。地面に落ちてもすぐに溶けるからだ。地元で雪が積もるためには、風のない寒い夜中にずっと降り続けると言う条件が必須になる。ここ20年、そう言う気象条件にならなかった。今年の冬も望みは薄い。

 だけど、だからこそ、僕は地元が真っ白に染まった景色を見てみたいんだ。折角寒いのに雪が積もらないなんて有り得ない。



 3学期も始まった1月中旬、その日も結構冷えて、僕は震えながら中学校に登校する。午前中は晴れていたものの、午後から雲行きが怪しくなってきた。放課後になる頃には、いつ降ってきてもおかしくない雰囲気になってくる。

 僕は机の中のものをカバンに収めながら、期待を込めて窓の外を見た。


「今日こそ雪降らないかな」

「降るんじゃね。今日寒いし」


 やって来たのは友達の正志だ。僕の独り言にも律儀に返事を返してくれる。


「一緒に帰ろうぜ、光司」

「うん、帰ろう」


 僕達は2年生の自分達の教室を出て、玄関に向かう。履物を履き替えて外に出ると、冷たい風の洗礼を受けた。その風も校門を出る頃には止んで、途端に静寂が辺りを包み込む。この気配に雪の気配を感じた僕は空を見上げた。

 すると、上空からハラハラと音もなく白いものが降り始める。僕は思わす手のひらでそれを受け取った。


「雪だ。これ積もるかな?」

「止むよすぐに」

「今年こそは雪景色を見たいんだよね」

「無理じゃね?」


 正志は、僕の願望を一言で現実に引き戻す。地元で雪が積もる条件の厳しさを知っているんだ。今のところは降っている雪もすぐに止むだろう。多分僕が家に帰る頃には――。

 僕達は学校の話や趣味の話をして盛り上がり、それぞれの家への分かれ道で別れる。自宅に戻った頃には止んでいると思った雪はまだ降り続けていて、道路もうっすら白くなり始めていた。


「ヤバい、これ積もるヤツだろ」


 僕は期待で胸を膨らませながら玄関のドアを開けた。夕食時に家族にこの事を伝えても反応は薄く、父に至っては積もる事に嫌悪感すら覚えていた。


「雪が積もると運転が大変なんだぞ。すぐに止んで欲しい」

「そりゃ父さんは積もった景色を見ているからまだいいよ、僕だって見たい」

「まぁ全ては天気次第だ。夜更かしすんなよ」


 雪は22時になっても降り続けていた。これなら明日の朝は期待出来ると思いながらも、降雪の勢いが弱まっているところが気にかかる。


「このまま朝まで降り続けてくれよ……」


 僕は目覚めた後の雪景色を期待しながら就寝。その夜は思い切りよく眠れた。気がつくと7時を過ぎていて、僕は急いで窓の外を確認する。


「あ……」


 そこにあったのは、いつもと変わらない朝の景色。結局雪は積もらなかった。日陰には積もりかけた残骸が残ってはいたものの、それは僕が望む景色じゃない。

 この結果も予想はしていたものの、その通りになってしまった絶望で僕の足取りは重くなる。


「折角降り続いてたのに……」


 テンションの低いまま朝食を終え、そのまま登校。その後の授業も一切身が入らなかった。それでもあれだけ降ったのだからどこかに積もっているかも知れないと、僕は考え方を切り替える。


「よし、放課後は雪景色を探そう!」


 このプロジェクト、正志は誘わなかった。ちょうど今日は彼の塾の日なので、何も言わなくても1人で帰る事になる。この現実に、僕は小さくガッツポーズをした。


「さて、どこから歩いていこうか」


 放課後の雪景色探し。しかしそんな都合のいい景色が簡単に見つかるはずもなく、日陰ですら雪っぽいものは溶け切っていた。

 散々歩き回ってあきらめかけていたその時、山の麓に白いエリアを見つける。僕はすぐにその場所に向かった。


「すげえ……」


 そこは、すごく昔から建っていたような神社。神様の奇跡で雪が残っていたのだろうか。この辺りはあまり来た事がないのもあって、神社があったのも知らなかった。


「こんな所に神社があったんだ……」


 神社は無人で、どこにもおかしいところはない。ぐるぐる回って雪景色を堪能した僕は、この景色を見せてくれた神様にお礼をしようと本殿に向かった。


「また雪が積もりますように……」


 祈念を終えて外に出ようとすると、見えない壁があるみたいに出られない。急に怖くなった僕はすぐに振り返った。

 すると、そこには全長2メートルくらいの大きな白蛇がいた。


「このままでは大雪になる」

「へ?」

「君が止めるんだ」


 赤い目の白蛇は脳に直接語りかけてくる。これが神様の力なのだろうか。突然の異常事態に理解が追いつかない。僕はその気持ちを素直に吐き出した。


「何故僕が?」

「君がここに気付いたからだよ」


 理屈はよく分からないけど、ここは神域で、入って来られた時点でこの役割は果たさなければならないものなのだそうだ。無茶苦茶過ぎる。

 白蛇は僕に剣を渡す。これ、多分神剣だ。こんな物を渡されても困るんだけど。


「誰を倒すの?」

「冬将軍だ」

「マジで? でも冬将軍を倒したらまずいんじゃ?」

「ここを雪の帝国にしようとしているのは、はぐれものの冬将軍だから問題ない。頼んだぞ」


 こうして、僕はなし崩し的に冬将軍を倒さなければならなくなった。そうしないと出られないのだから従うしかない。

 気がつくと僕は猛吹雪の中にいた。風と雪は強いものの、不思議と寒さは感じない。これはきっとあの白蛇がフォローしてくれているのだろう。ここまで来たら謎にテンションが上ってしまう。


「やってやるぜえええ!」


 1人で勝手にテンションを上げていると、目の前に大きな黒い影が迫ってきた。あれが白蛇の言っていた冬将軍だろうか。僕はゴクリとつばを飲み込んで、これから行われるであろう激しいバトルを想像する。

 あ、僕、剣道とか特に得意でもないぞ。剣は持たされたけど、あんなラスボスみたいなのとまともに戦えるのか? ヤバい、勝てる気が全然しない。


 僕はどうやってこのバトルから逃げるかを真剣に考え始める。まずは目の前の冬将軍の正体を見極めねば。どうか凶悪なモンスターでありませんように……。

 そうして、満を持して現れた冬将軍の正体は大きな兎。全長も5メートルはあるだろうか。大きいと言うだけでもう勝てる気がしない。て言うか、本当にただ大きいだけの兎だった。何だよこれ、反則だよ。この状況に、僕は思わず叫んでしまう。


「かわいいいいい!」


 いや、こんなの斬れないってマジで。どうすりゃいいのよ。そんな感じで何も出来ないでいたら、兎が僕に気付いて突進してきた。そりゃ神剣を持ってんだから、殺しに来るのも当然だよな……。


「うわああああ!」


 兎の突進に弾かれた僕は、呆気なく宙を舞った。うわあ……空から見る地元の景色、それなりにキレイ……。この雰囲気から、多分20メートルは飛んでいるんだろう。白蛇の力なのか、衝突時のダメージは全然感じなかったものの、落ちたら死ぬな多分。

 やがて自然落下が始まり、僕はまぶたを閉じる。短い人生だったけど、割と楽しかったよ。14年の人生にさよなら――。


「よっと」


 死を覚悟した僕は誰かにキャッチされていた。反射的にまぶたを上げると、赤目の巫女装束の女の子が僕を受け止めている。えっと、どう言う状況これ?


「誰?」

「私だよ」

「え? 白蛇……さん?」


 その美少女は白蛇が人に化身した姿だった。見た目は僕と同い年くらいに見える。白い巫女服に朱色の袴、黒髪で姫カットの割と好みの見た目をしている。

 彼女は僕を下ろすと、そっと耳打ちした。


「アレも私のように兎のふりをしているだけだ。見た目に騙されるな」

「え? でも……」

「その剣を振れば正体は分かる。直接当てなくていいんだ。離れていても、君が斬ると念じれば幻は消える」


 どうやら、神剣にはそんな力もあるらしい。実際に斬らなくていいなら気が楽だ。

 僕はすぐに剣を構えると、遠ざかっていく兎を挑発した。


「ヘイヘーイ! 僕はここだぞーっ! かかって来いやあ!」

「!」


 倒したと思っていた僕がまだピンピンしているを見て、すぐに兎はまた向かってきた。ものすごいスピードだけど、僕はもう怖くない!


「ちぇすとー!」


 兎に向かって斬れろと念じながら剣を降り下ろす。すると、剣の神力が発動したのか、正体が分かる間もなくそのまま冬将軍は消え去った。これで街は救われた……のかな?


 気がつくと、僕は山の入口に立っていた。神社もなければ、手にしていたはずの神剣もない。ただ、何かをやりきった満足感だけが心の中に残っていた。

 しばらくその場から動けなかったものの、狐につままれたような感覚を覚えながら、僕は帰宅する。



 翌日、教室に入ると、新しい机と椅子が増えていた。どうやら転校生が来るらしい。ホームルームで名前を呼ばれて現れたのは、白蛇が化身したあの少女だった。


「蛇原美冬です。よろしくお願いします」


 美冬はお約束のように僕の隣の席に座る。そうして顔をこっちに向けるとニッコリ微笑みかけた。


「これからよろしくね。光司くん」

「ど、ども……」


 まさかとは思うけど、これから色んなトラブルに巻き込まれる感じ? そんな予感を覚えながら、僕は彼女に苦笑いを返したのだった。



(おしまい)

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